カフェモンマルトル

text:高野雲

*

西麻布のゲッツ・ジルベルト

      2017/08/14

Pocket

ボサノバが流れるバー

熊田曜子に似た、いや、熊田曜子をもう少し細面にしてスリムにしたママがひとりで営んでいるバーがある。

彼女は聞き上手な美人ゆえ、この店は私の憩いの場所のひとつだ。

六本木寄りの西麻布の某所。

雑居ビルの中のひっそりとした一室。

入り口はマンションの扉なので、この店のことを知らないと、飲み屋だということは分からない。

しかも、ドアには常に鍵がかかっており、常連客は、隠されたブザーを押さないと中に入れてもらえない。

そのブザーを押して待つこと十数秒。ドアのレンズ越しに私のことを覗く気配を感じる。

そして数秒、ようやくドアが開き「こんばんわ!」とママが笑顔で迎え入れてくれるのだ。

店内は、8人も入れば満席になる椅子の数。ただし、スペースは広い。

たとえば2軒ぐらい飲み屋をハシゴし、まだ家に帰るのが勿体無いと思ったときは、ここを覗く。

朝までやっているから、どんな時間帯に行っても安心だ。

ただし、夜中の2時になっても客がひとりも来ないと店を閉めてしまうので、遅くとも午前2時前には訪れるようにしている。

間接照明が店内を効果的に照らす、なかなかおしゃれな空間だ。

このおしゃれな空間にはボサノヴァしか流れていない。

有線のチャンネルを常にボサノヴァに設定しているのは、ママ(というほどの年齢でもないが)がボサノヴァが大好きだから。

ナラ・レオンや、アナ・カラン、それに最近は歌手は誰か分からないが、小野リサのナンバーをカバーした歌も頻繁に流れている。

快適に会話を楽しめるボリュームでボサノヴァがゆったりと流れる店内の中、カウンターごしにママと向かい合って飲む「酔い醒まし」の酒は悪くない。

他愛もない会話をしながら、静かに流れるボサノヴァを軽い気分で聞き流す私。

基本的にはBGMとしてしか聴いていないのだが、時々「はっ」とすることがある。

この「はっ」との90%以上が、『ゲッツ・ジルベルト』のナンバーが流れたときだ。



sponsored link



このアルバムは不思議だ。

ゲッツ/ジルベルト~50周年記念デラックス・エディションゲッツ/ジルベルト~50周年記念デラックス・エディション

それこそ何百回も聴いているはずなのに「耳タコ」と感じたことが一度もない。

かといって、聴けば聴くほど新しい発見があるというわけでもなく、ただ単に、いつも聴くたびに良い気分にさせてくれるのだ。

呟くようなジョアン・ジルベルトのヴォーカルも良いし、ゲッツのウォームだが、よく聴くとエキサイティングなテナーも素晴らしい。

要は、彼らの音が立っているのだ。

前後に流れるボサノヴァの音とはまったく違う、音自体の存在感の素晴らしさが、聴き慣れ過ぎたナンバーなはずなのに、一瞬酔いの回った私のダラけた頭を「はっ」とさせるのだ。

不思議といえば、不思議。

ゲッツとジョアンは犬猿の仲だった。

レコーディングのときも、通訳を介してのケンカが絶えなかったからだ。

それなのに、やっぱり二人は音楽家なんだねぇ。

音楽の前では嘘をつけない。

真剣に良い音楽をついつい演っちゃっているんだ。

だから、その結果がアルバムのヒットにつながり、21世紀になった今も、東京のどこかの酔っ払いが、バーで酔いながらも、「おっ、やっぱりイイじゃん」などとのたまっているのだ。

私は《ソ・ダンソ・サンバ》が大好き。

特に、後半のゲッツの熱いソロは絶品。というか、このアルバムに収められているナンバーはどれもイイんだけどね、理屈抜きに、ほんと。

最初のつかみは、やはりアストラッド・ジルベルトの清涼感溢れる声が魅力の、ボサノバ定番ナンバーの《イパネマの娘》なのだろうが、繰り返し聴けば聴くほど、少しずつ大好きになる曲の幅が広がってくるはずだ。

どのナンバーも同質な雰囲気をたたえつつも、どれもがそれぞれの特色、顔を持っているのだ。これが、聴き飽きない理由なのだろう。

ゲッツのテナーが“ホンク”していて、ボサノヴァのストイックな雰囲気を壊している、ゆえに、このアルバムの演奏はボサノヴァとは認めがたいとするマニアもいる。

しかし、べつにボサノヴァとして聴かずに、ゲッツとジルベルトが生み出した美しい音として聴けばいいのではないか。

たしかに、ゲッツのテナーは、呟き系ヴォーカルを旨とするボサノヴァという音楽の枠からはハミ出しているのかもしれない。

しかし、呟くようなジョアンのヴォーカルと、ウォームだが熱量のあるゲッツのテナーの対比は絶妙ではないか? これ以上熱くても、これ以上ぬるくても成立しえない、絶妙なゲッツの湯加減があるからこそ、単なるボサを超えた唯一無二の世界を生み出しているのだ。

album data

  • GETZ/GILBERTO
  • (Verve)
    - Stan Getz / Joao Gilberto

    1.The Girl From Ipanema
    2.Doralice
    3.P'ra Machucar meu Coracao
    4.Desafinado
    5.Corcovado
    6.So Danco Samba
    7.O Grande Amor
    8.Vivo Sonhando

    Stan Getz (ts)
    Joao Gilberto (g,vo)
    Astrud Gilberto (vo)
    Antonio Carlos Jobim (p)
    Tommy Williams (b)
    Milton Banana (per)

    1963/03/18 & 19

    記:2006/07/22

    ●関連記事
    >>ゲッツ・ジルベルト/スタン・ゲッツ&ジョアン・ジルベルト

     - ジャズ , ,

    %d人のブロガーが「いいね」をつけました。