鬼才トリスターノ/レニー・トリスターノ - カフェモンマルトル

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ジャズと映画とプラモの日々:高野雲

鬼才トリスターノ/レニー・トリスターノ

      2017/05/22

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鬼才トリスターノ鬼才トリスターノ

これは恐ろしいアルバムだ。

間違っても初心者が興味半分で手を出してはいけない。

いや、いけなくはないんだけどさ(笑)、トリスターノという盲目のピアニストの執拗なまでの実験精神、さらにはそこから発展した妄想が生み出すマッドサイエンティストぶりを垣間見てしまう内容なのだ。

特に前半のA面にそれが顕著だ。

ジャズのアルバムを聴くこと数千枚、何人もの過激なピアニストは聴いてきたつもりだ。

しかし、表面的な音の過激さと、一見平穏を装った中からも沸々と湯気が立つような内面の沸点の高さとは、全然、表現の恐ろしさのレベルが違うのですよ。

たとえば、分かりやすい例を挙げると、山下洋輔。

彼の過激な鍵盤叩きまくりの表現は、一見過激だけれども、音そのものは、どこまでも爽快で突き抜けたところがあり、スポーティですらある(もっとも初期のトリオは殺気だった演奏が何枚かあるにはあるが)。

マッコイ・タイナーの和音ガンガン連打も、ドン・ピューレンの鍵盤連打も、こちらの心の琴線を叩いてくれる心地の良さがある。

彼らの表現は、“音としては過激”なのかもしれないが、迫り来る怨念のような重たい空気は希薄だ。

もちろん、だからこそ聴きやすくてイイのだが。

ところが、ところが。

トリスターノのピアノって、彼らのように音的に過激な表現はない。

BGMとして接していれば、当たり障りのないピアノが耳の右から左から流れてゆくだけかもしれない。

とくに、このアルバムの後半、コニッツとの共演している演奏なんかはね。

しかし、一見当たり障りの無いピアノも耳を凝らしてよ~く聴くと、なんかヘン、いや、かなりヘン。

とてつもなく“何かありそうなヤバい感じ”に気がついてくるのだ。

盲目ゆえ、鍵盤を手探りで弾いているのかもしれない。

だから、隣り合った音がクロマティカルにウネウネと蛇行を繰り返しながらも、息の長いフレーズが紡ぎだされている。

音の粒立ち、長さ、抑揚はストイックなまでに正確そのもの。

しかし、演奏しているのは、やはり人間だ。

機械の音になりえないところは、音と音の“行間”から漂う演奏に対する異常なまでの執着と集中力。

異常なまでの音価に対するコダワリが、ほとんど怨念に近い空気となって、目に見えない形となってスピーカーから飛び出してくるのだ。

トリスターノの禁欲的な音楽は、逆説的に猛烈な人間臭さが漂い、この空気を嗅ぎ取ってしまうと、もう後戻りの出来ないトリスターノ的アリ地獄へと誘われてしまうのだ。

話が飛んでしまうが、私がドイツのテクノバンド、クラフトワークに愛着を感じるのも同じ理由にある。

彼らが機械を装い、正確無比なマシンに同化しようとすればするほど、彼らの生真面目過ぎるところが逆説的にユーモラスにも感じ“クスッ”と笑みを漏らしてしまうことがある。

クラフトワークの場合は、ユーモアのようなものを感じるが、トリスターノの場合は、執念のようなものを感じる。

どこまでもヤバい、ほとんど「ジャズのマッドサイエンティスト」と呼んでも差し支えの無いほどの妥協の無い姿。

無駄のない正確な音列の中からは、トリスターノという一人の孤高な男の生き様が見え隠れする。

日本では、トリスターノの影響をモロに受けていたギタリスト、高柳昌行にも同じ匂いが感じられるが、彼らの音に対する姿勢は、音楽好きな人間にとっては、類稀なる精神と魂のドーピング剤にもなるのだ。

ただし、劇薬でもあるので、そうそう気軽に摂取できるものではないのだけど……。

記:2010/01/17

album data

LENNIE TRISTANO(鬼才トリスターノ) (Atlantic)
- Lennie Tristano

1.Line Up
2.Requiem
3.Turkish Mambo
4.East-Thirty-Second
5.These Foolish Things
6.You Go To My Head
7.If I Had You
8.Ghost Of A Chance
9.All The Things You Are

Lennie Tristano (p)
Lee Konitz (as)
Peter Ind (b)
Gene Ramey (b)
Art Taylor (ds)
Jeff Morton (ds)

1955年

 - ジャズ , ,