メディテーションズ/ジョン・コルトレーン

      2017/05/20

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メディテーションズMeditations

飽きっぽい人間のバンド経験談

私は過去にいろいろなバンドをやってきたが、いつも「嗚呼、もっと続けていれば今頃もっと凄く(面白く)なっていたのに」とか、「ちょっとした不満を我慢していて諦めずに続けていれば、もっと充実した音楽が出来るグループに成長していたかもしれない」と後悔することが多い。

飽きっぽい性格のせいか、はたまた、ちょっとした不満ですべてがイヤになってしまうせいか、どうも私は、バンドをやっていても長続きしないことが多い(長続きしているものも、勿論あるが)。

「現状のままダラダラ続けていても、音楽的にも人間関係的にもこれ以上の発展はないのかもしれないなー」という不安がもたげる。

そうすると、いてもたってもいられなくなり「新しいグループを作ればもっと凄いことが出来るかもしれない!」という幻想、妄想にすがってしまうのだ。

しかし、言うまでもなく、新しいバンドを作ったり加入したりしても、人間関係や、メンバーの音楽的個性を把握しながら自分の音の役割、ポジションを見つけ、良い関係、良い音楽を築きあげてゆくのは、ゼロからのスタートとなる。
時間がかかる。面倒臭いことが多い。

だから、学生時代は、バンドを作っては壊し、壊しては作るの連続だったんだけど(だいたいライブを2~3回やると飽きちゃう)、もう少し大人になると、出来るだけメンバーとの良い関係を維持しようと努力はしていた。

それでも時々、もうこのレベルが限界なのかな?とか、俺はこのバンドに向いてないのかな?などの不安に襲われることもあり、もっと新しい場所を求めれば、もっと新しい収穫があるかもしれないと期待を抱いてしまうのだ。



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行くか引くか

言うまでもなく、バンドとして、これまでにやってきた練習や、ライブの経験というのは「財産」だ。

仮にうまくいかなかったことが多かったとしても、もしかしたら、次にはこの経験がプラスに転ずる可能性だってあるかもしれない。
なにより、リセットしてゼロに戻した上で、新たに人間関係やアンサンブルの構築をするには時間がかかる。さらに、ゼロからスタートしたところでうまくいくとは限らない。

分かっていながら、やっぱり、今自分が置かれている現状を打破したい、何か違うことをやりたい、このままでいいのか?という欲求が沸き起こることもあり、一方で、そんな面倒なことするよりも、今の環境を整備してよりよい向上を目指そうよという自分の中の別の声も聞こえてくる。

いわゆる葛藤というやつだが、音楽で飯を食っていないアマチュアの私においてもそうなのだから、プロのミュージシャンの「行くべきか、引くべきか」の葛藤はすさまじいものがあるのだろう。

だからこそ、私は前進するミュージシャンが好きだ。

前進やめぬマイルス

もちろん、自分の芸風を守り、より深く、より円熟の境地を目指すミュージシャンも好きだが、これまで自分が築き上げてきたものを自らぶち壊し、新しい境地へと踏み出そうとするミュージシャンを見ると、その成果はともかくとして、まずは、どんな意図で、彼は何を考え、どのような音を目指しているのか、と興味を持ってしまう。

エレクトリック・マイルスしかり、後期のコルトレーンしかりだ。

特に、エレクトリックマイルスは、「ロックに魂を売って商業的に成功した」などと揶揄する人もいるが、とんでもない。
マイルスにとっては、非常にリスキーな冒険だったのだ。
商業的に成功したのは、たまたま結果論からものを見ているだけであって、商業的に成功していなければ、「マイルス、壮大なる音楽の失敗!」と揶揄されていたに違いないのだから。

マイルスにとっては、誰もやったことのない音楽に果敢に挑戦しているわけで、おそらく、結果的についてきたりこなかったりする金銭面のことは考える余裕などなかったに違いない。

常に試行錯誤を重ね、メンバーを取替え、楽器を取替えながら、「これでいいのだろうか?」「こういう感じはどうだろう?」と慎重に自分の中の内なる声と相談し、葛藤し、朝から晩まで自分が創造しようとする「新しい音楽」のことを考えていたに違いない。

楽しい作業かもしれないが、人によってはものすごく苦痛のともなう作業だと思う。

だって、自分で考え、自分で実践し、自分で責任を負わなければいけないのだから。

イタリアンスーツに身をつつみ、あいもかわらず《マイ・ファニー・ヴァレンタイン》を吹いていれば、おそらく一生、それで商売できたかもしれないし、世界中のリスナーは喜んでいただろう。

しかし、そこに安住しなかったマイルス。
マンネリを捨て去る快感は味わえただろうが、同時に、結果の見えない新しい試みに対して頭を悩ませていたに違いない。

前進やめぬコルトレーン

と、マイルスの話が長くなってしまったが、あ、そうだ、コルトレーンの『メディテーションズ』のことを書こうと思っていたんだ(笑)。

私は、この時期、後期のコルトレーンが好きだ。

既に、エルヴィン、マッコイ、ギャリソンという黄金のカルテットを形成し、自身の濃密な音楽を築き上げ、名声も博していたにもかかわらず、表現者としての彼はこれに満足しなかった。

もっともっと高みに!
もっともっとスッゲーことやりてーぜ!

この欲求が先立ち、おそらく、音楽的な正確な着地点は見えないまま突進、とにかく俺はなんかやらねば!というエネルギーが、この音楽を作らせたのだと思う。

おそらく、いままで築き上げてきた何かを捨てようとするコルトレーン。

かわりに、捨てた以上の何かもっと大きなものを手に入れようとする並々ならぬ意欲。

この前進欲求を見習いたい。

なぜなら、新しいことを創造するのも大変だが、今まで築き上げてきたことを壊す、捨てる行為は想像以上にエネルギーと痛みを伴うからだ。

それは、創作の苦しみのみならず、「人を傷つけてしまう」「大切な人を失ってしまうかもしれない」というリスクも伴う。

たとえば、今まで重用していたエルヴィン・ジョーンズというドラマーがいるにもかかわらず、彼は、さらにリズムを重層的に複雑にしようと、ラシッド・アリもグループに加えた。

コルトレーンにとってみれば、「これでオレの音楽もっと進化するかな?ワクワク」だったかもしれないが、エルヴィンにとってみれば、「オレというドラマーがありながら、なんであんなヤツ呼ぶわけ?オレじゃ不満か?」になってしまうんだよね。

おそらく、コルトレーンは、エルヴィンの心中まで考える余裕もなかったのだろう。「ドラム2人にしたらどうなるかな、わくわく」だったのかもしれない。

自身の創作意欲だけが先立ち、気がつくと信頼していた人を失う。これが、前進する人の宿命かもしれない。

実際、コルトレーン自身、自分の右腕とでもいうべきエルヴィンとマッコイを直後に失う。
しかし、それでも前進をやめなかったコルトレーン。

やがて、ファラオ、アリス、アリという新しい盟友を得、さらにコルトレーンは新たな境地へとたどり着くことになる。

記:2002/09/06

album data

MEDITATIONS (Impulse)
- John Coltrane

1.The Father and the Son and the Holy Ghost(父と子の精霊)
2.Compassion
3.Love
4.Consequences
5.Serenity

John Coltrane (ts)
Pharoah Sanders (ts)
McCoy Tyner (p)
Jimmy Garrison (b)
Elvin Jones (ds)
Rashied Ali (ds)

1965/11/23

 - ジャズ , ,

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