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ジャズと映画とプラモの日々:高野雲

ジャズ演奏に1番必要な要素は、「読譜力」でも「耳」でもない。

      2017/12/25

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piano

ジャズを演奏する上で、大事なのは読譜能力(譜面を読むチカラ)なのか、それとも、耳の良さなのか。

この「譜面」or「耳」の二者択一議論は、昔からよくある話。

演奏している側から言わせてもらうと、この2者は両方大事だと思う。
どっちを取って、どっちがいらないという話ではない。

もちろん、譜面を読めないジャズマンだっているし、いた。
今、パッと思いついた人を1人だけあげるとウエス・モンゴメリーがそうだ。

しかし、言うまでもなく、読めないよりは、読めるほうが良いに越したことはない。
だからといって、読めることが良い演奏に繋がるとも限らない。

ただ、初対面の演奏者とのコミュニケーションや、自分の意図を相手に的確に伝えるという点においては、譜面を書け、読めたほうが格段に時間短縮に繋がるので効率が良いということはある。

耳の良さ・悪さも、良いにこしたことはないが、すべての人間がジミー・スミスのように、一度聞けば覚えてしまうほどの耳を持っているとは限らない(もちろん私もそうだ)。

そういうときのガイドラインとなるのは、やっぱり譜面なわけで、書ける・書けないとでは大違い。なので、やっぱり読譜能力、記譜能力はないよりはあったほうが良い。

しかし、繰り返すが、だからといってこの能力は良い演奏のための必要十分条件ではない。

というのが、私の考えで、多くの楽器演奏者もそう思っているんじゃないかと思う。

しかし、「譜面」か「耳」かの二者択一以上に、意外と見過ごされがちなのが、「瞬間即応能力」なんじゃないかと思う。

「臨機応変力」と言い換えてもよいが、この件は、最近、某ジャズ専門サイトのBBSに問題提起と新説発表して投稿してみたのだが、比較的あっさりとしたレスでスルーされてしまったので、こちらにも書いてみよう。

じつは、少なくとも「読譜能力」や「耳」の良さよりも、演奏の「場」において大事なチカラは、「瞬間即応能力」だと思うのだ。
こと、ジャズ演奏においては特に。

人前で演奏すること。
それも初対面の人や、初見の曲を演奏したりするときに必要なことは色々ある。

もちろん耳の良さや、読譜力もそうだし、楽器の演奏能力も必要だ。

でもね、笑っちゃいけないけど、それ以上に大切なことっていうのは、度胸(笑)。
っていうのは半分ウソだけど(半分本当だけども)、意外と皆さん気付いてないのは、先述したとおり、現場対応能力なんだよね。

臨機応変さ。
機敏さ。
フォローする心と対応力。
どうにもならなそうなことを、どうにかしちゃう誤魔化し能力(笑)。

初対面の人と初見の曲を演奏すると、自分は正しく演奏しているつもりでも、相手が間違うことだってある。
たとえば、アドリブパートにはいって何コーラス目かになると、AABAの構成の曲がAAABになったりと。

さらに、自分は家で練習したとおりの“正しいテンポ”で演奏しているつもりでも、相手が走ったりモタったりすることだってある。

これに瞬間的に合わせてあげられるか、あるいは、合わせないにしろ、相手が気付くような配慮をしてあげるか。

仮に、演奏が崩壊しそうなときに、演奏が立ち直るキッカケになるようなフレーズや目印となるような合図をなんらかの方法で発したりということを出来るか出来ないのか。

私の場合、ジャズじゃないけど、酔っ払い相手に演歌やポップスの伴奏をすることが多いが、いい気分で歌う酔っ払いは、よく曲の構成を間違える。
サビを2回歌ったり、サビを繰り返すところで3番歌ったりと。
こっちも初めて弾く曲が多いので、相手に間違えられると、せっかくの譜面という地図も役に立たなくなる。

譜面だけを偏狭的に追いかけていると、必ず取り残される。
追いつかない。
全体を見渡しながら、なんとなく大雑把にストーリーを把握しておかないと、ついてゆけないのだ。

さらに“自分リズム”で歌う人が多いから、どんどんテンポが落ちてきたり、逆に走ったりすることも多い。

この自分以外の原因で起こる出来事に対して、どう対処するか。どこまでは我慢するか、が演奏者にとっての大切なセンスと技量の一つ。

プロのジャズマンですら、《オール・ザ・シングズ・ユー・アー》や《スピーク・ロウ》のような1コーラスの長さが変則的な小節数の曲の4バースの際は、一瞬の戸惑いが露見してしまっている演奏もあるぐらい(※)。

これらのことって、「指が動く・動かない」「いいフレーズを弾・弾かない」とはまたべつの次元の能力が問われる。

仮に、個人の演奏者としては素晴らしい技量を持っていても、現場での経験値が少ないと、とまどうことが多いかもしれない。

逆に、私のように技量は大したことなくても、人前での演奏回数の多いような人は、わりかしそのへんの対応力は素早い。ま、要は誤魔化し能力(笑)。

プロでも、そして、プロが何百回とやり慣れた曲でも、トコロ変われば、また、相手変われば、演奏中に戸惑うこともあるかもしれない。
そして、不測の事態が発生したときの落とし前のつけ方はやっぱりウマイ。

演奏の技量や、譜面の読める読めない、耳が良い悪いこととは別次元で、「察しの良さ」のようなものは、聴衆相手に実際に演奏する現場においては必要不可欠な要素だと付け加えたい。

ま、強いていえば、この要素は「耳の良さ」に通じるところはあるかもしれないね。

ヘンなたとえだけれども、ドラクエのようなゲームで、力や魔法のレベルは大したことはなくても、経験値がものすごくあれば、結構強いキャラクターになれるのと同じようなことなのかもしれない。

さっきも書いたけれども、良く言えば「察しの良さ」、悪く言えば「テキトーにゴマカす能力」。

だから、ジャズマンはモテる人が多いのかもしれない。

マイルスやブレイキーのような大親分から巣立っていったジャズマンが、後にビッグネームになる人が多いけれども、その理由も分かるような気がしませんか?

演奏は決して読譜能力や耳だけではない。
気まぐれだったり、毎回違う指示を出す親分たちに「瞬間即応能力」を鍛えられた賜物なのだと思う。そのへんが、ただ単にウマイ人と、なんとなく味があって聴かせる雰囲気の持った人の違いなのだと思う。

だから、毎月熱心に『Jazz Life』を買い込んでシコシコと部屋の中で練習を繰り返すギター君のような人は、そりゃぁ指は動くかもしれないが、いざ現場で音を合わすことになると、必ずしも良い演奏が出来るとは限らないのだ。
「書を捨てよ、街に出よ」じゃないが、「インドアライフを捨てよ、現場に参戦せよ」。これがじつは上達と表現力アップの一番の近道なのだ。

さて、さきほど文中につけた※印の具体例だが……。

All The Things You Areの4バースのとまどいが顕著なのが、パーカーやガレスピーらの『マッセイ・ホール』。

Speak Low の場合は、ウォルター・ビショップJr.の同名アルバムのオルターネイト・テイク。
この箇所になってからはじめて、「しまった、演奏前にここの箇所のこと打ち合わせておけば良かった!」という空気がムンムン漂ってくる(笑)。

しかし、そこで強引に収拾つけちゃうのが、ジャズの良いところ、ジャズマンのケセラ・セラなところ(笑)。
この精神、見習いたいものです。

というより、完璧主義になりきれないルーズな私だからこそ、このように鷹揚なことも許されるジャズという“ルール”が好きなのかもしれない。

モブレイじゃないけど、「No Room for Squares!」だぜい!

記:2009/03/03

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