カフェモンマルトル

text:高野雲

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ザ・リターン・オブ・バド・パウエル/バド・パウエル

      2017/05/21

ザ・リターン・オブ・バド・パウエルThe Return Of Bud Powell

バド・パウエル最後のスタジオ録音作品だ。

パウエルは、まるで自身の死を予期していたかのように、長らく活動拠点としていた欧州から古巣のニューヨークに戻り、何枚かの吹き込みをするが、最後の録音作品となるのがコレ。

出だしの1曲、《アイ・ノウ・ザット・ユー・ノウ》。

ピアノのフレーズの一音一音が、まるで進行していく時間から、ポロポロと抜け落ちていくようだ。

指の呂律(ろれつ)が回っていないような弾きっぷり。

ドラムもテーマのブレイクなど、パウエルのピアノに合わせようという配慮が痛いほど伝わってくるが、合ったり合わなかったり。

同様なことは《グリーン・ドルフィン・ストリート》にも言える。

以前、ラジオ番組で「後期バド・パウエル」の特集をした際、パウエル不調の典型例として取り上げたナンバーだが、この演奏も、ゆったり目のテンポ設定は悪くないのだが、そのゆったり時間にピアノの音が浸かりすぎてテンションが緩い。

バド・パウエルは絶頂期を過ぎた後期になると、衰えが激しいと言われてはいるが、すべての演奏が不調なのかというと、そうとも限らないアルバムもあったりする。

たとえば、この『リターン・オブ~』の2ヶ月前に録音された『ブルース・フォー・ブッフェモン』などは、かなり溌剌とした陽のオーラが感じられる内容で、ピアノの音もピン!と立っている。

これを聴いた後に『リターン・オブ~』を聴くと、本当に同時期の同じピアニストなのかと思ってしまうほどだ。

好不調の波があることは、ブルーノートやヴァーヴに録音されている時代からも分かることだが、その振幅の大きさは晩年になると顕著になってくるように感じる。

たとえば、スティープル・チェイスの『ゴールデン・サークル』でのライブ集。vol.1から5までの演奏はどれもが溌剌とした聴きごたえのある演奏ばかりで、傑作といっても良いくらいだが、これら5枚のアルバムと同じ年に演奏されている演奏が収録された『バドイズム』を聴くと、同じ時期の演奏でありながらも、そうとうにベロンベロンで覇気のない演奏が多いのだ。

残念ながら、この『リターン・オブ~』のパウエルは、好調か不調かと問われれば「不調」側の演奏だと思う。

しかし、単に「不調ですネ」の一言では済まされない、パウエルにしか出せない音の磁力のようなものが存在することもたしか。

パウエルの危なっかしい演奏は、聴いていてハラハラする。
しかし、このハラハラ感が、イヤがおうでも耳を引きつけて離さない。
最後までピアノの音を追いかけてしまう。
いや、追いかけずにはいられない、というべきか。

危なっかしい演奏ゆえ、音の粒がバラバラだったりするが、よくよく考えてみると、そもそも、昔からバドのピアノは絶頂期のときも一音一音が均等ではない。
暴力的なほどに強引な「バド時間」が流れている。

繰り出すフレーズの中に、なんとも形容しがたい不整脈のようなものがあるのだ。

だから、聴いているほうの呼吸も、いつしか「バド呼吸」に引きずり込まれ、日常的な呼吸ではなくなるのではないかと思う。

いわば、バドのピアノを聴いていること自体が、リスナーにとっては特殊体験なのかもしれない。

だからこそパウエルのピアノは、絶頂期から晩年まで、神がかりなテクニックであろうが、指がもつれてヨタヨタしていようが、独特な「音の呼吸」に引きずり込まれ、いつしか聴き手もその呼吸の波にシンクロしてしまい、演奏の出来不出来に関係なく、
「気になる」
「また聴きたくなる」
という症状に陥るのではなかろうか。

もちろん、この最後のレコーディングの演奏にも、脈々と「バド時間」が流れていることは言うまでもない。

だから、ヨタヨタした演奏でありながらも、「なぜお世辞にも素晴らしい演奏とは言い難いのに、また聴きたくなるのだろう」という気分になるのだろう。

彼の先輩のセロニアス・モンクも独特なタイム感覚の持ち主だが、モンクが有する「モンク時間」は、かなり意識的というか理性的なものを感じる。

その一方で、パウエルの「時間」は、どこまでも天然。

だからこそ、生涯キャリアを通して演奏スタイル(というより演奏アプローチ)が少しずつ変化しているにもかかわらず、多くの演奏からは不穏な呼吸が感じられるのだろう。そしてパウエルが苦手な人も好きな人も、きっと同じ理由からなのだろう。

『ザ・リターン・オブ・バド・パウエル』は、単にボロボロ、ヨタヨタなどという残酷な一言では片付けられない聴くたびに様々な思いが巡ってしまう一枚なのだ。

パウエルのファンならば、彼のラスト・レコーディングまで付き合い、バドの「ピアノ生涯」を最後まで見届けよう。

記:2013/06/13

album data

THE RETURN OF BUD POWELL (Roulett)
- Bud Powell

1.The Best Thing For You
2.I Remember Clifford
3.If I Loved You
4.I Know That You Know
5.Just One Of Those Things
6.On Green Dolphin Street
7.Someone to Watch Over Me
8.Hallucinations

Bud Powell (p)
John Ore (b)
J.C. Moses (ds)

1964/09/23

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