カフェモンマルトル

text:高野雲

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そんなにいいのか?ロン・カーター

      2017/09/25

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オール・アローンAll Alone/Ron Carter

日本で人気

その昔、お酒のCMに出演したからなのか、「徹子の部屋」に出たことがあるからなのか、来日回数が多いからなのか、はたまた梅昆布茶が好きだからなのかは定かではないが、日本でのロン・カーターの浸透度と人気は異常に高い。

しかも花形楽器のサックス、トランペットなどをさしおいて、比較的地味で脇役的要素の高いベース奏者がこれほど脚光を浴びるというのも珍しい。

ジャズとは無縁な人からも、「君はジャズのベースやってんだ。やっぱりロン・カーターとか聴いてるんでしょ?」と質問されるほど認知度は高い。

しかし、結論から言ってしまうと、私はロン・カーターは、日本での人気ほど優れたベーシストだとは思えない。



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人気と実力

もちろん、マイルス・クインテット時代や、ブルーノートなどに数多く録音をした新主流派の新しい音楽表現においては欠かせなかった、彼の「新しいアプローチ」や「新しいベースラインのセンス」は注目に値するし、それなりに評価もしている。

しかし、今の日本での人気は、決して彼の実力に比例したものではないということを言いたいのだ。

そりゃ、ルックスはいいよ。

長身でスレンダーなボディにインテリジェンスそうなマスク(実際、大学で教鞭を取っている)。

寒い冬のニューヨークの路上を鳥打帽をかぶり、コートの襟を立ててウッドベースを抱え、白い息を吐きながらジャズクラブへ向かう姿なんて、想像しただけでも絵になるし、日本人が最も簡単にイメージできる、「ニューヨーク・ジャズ・都会」のステレオタイプの典型でしょう。

ガイコクジン様の思い描く日本の「スキヤキ・テンプラ・ゲイシャ」と同じようにね。

しかし、それと演奏とはまた違う次元の話だ。

ロン・カーターのベースの音程はヒドイ。

ロン・カーターの音色は軽くて柔らかい。

この二つがミックスされると、要するにフニャフニャなべースになる。

そして、この音をヘンにアンプで増幅させると、クーン、クーンと、低音のエッジだけがブーミーになり、アンサンブルに溶け込みにくい、違和感のある音色になる。

ひどすぎる音程

音程が甘いと音楽的にダメだと言っているワケではないよ。

アルトサックスのジャッキー・マクリーンの音程なんかいつもブラ下がりっぱなしだけれども、そこが逆にジャズ的快感につながるし、西洋和声で言えばハーモニーの衝突を繰り返すブルガリア民謡も異常に気持ちがいい。

どちらかというと、微妙にチューニングが狂っていた方が人間の耳には心地良かったりするものなのだ。

しかし、それでもロン・カーターのベースのピッチの甘さは、気持ちが悪い。

度を超して音程が外れているのと、押弦したあとのスライドを多用するから、出した音がピシッと決まらない。言いたいことは分かっているのに結論をズバリと言ってくれない時のモドカシさを常に聞き手に抱かせながら演奏が続く。

また、音色が軽いためか、ベース本来の低音が感じられず、演奏のボトムを支えるというよりは、何だか良く分からない異物が演奏と同時進行でそこはかとなく中空に漂っているという感じが拭えない。

一口にジャズ・ベースといっても様々なタイプがあり、ベーシストによっても、それぞれ得意とする表現手法は微妙に異なる。我々リスナーもそれらを半ば意識しつつ演奏に接している。

では、良いところは?

では、ロン・カーターの得意技、彼ならではの語り口は何だ?

リズム感?

グルーブ感?

それをいうなら、まずはレイ・ブラウンが第一人者でしょう。

正確だし、ノリも強力。

ロン・カーターのビート感は不定形だ。

ロン・カーターは、ピッコロ・ベースを一時期弾いていた。

だから、ベースで奏でるソロが絶品?

いやいや、ソロの目まぐるしい高速パッセージを繰り出し我々を唖然とさせるのは、ニールス・ヘニング・エルスティッド・ペデルセンやミロスラフ・ビトゥスのような、どちらかというとヨーロッパ系の白人のベ-シストの方に軍配が上がるだろう。

なにせ、彼らの出身は弦楽器王国だからね。クラシックのコントラバスの教育がものすごく充実しているから、基礎と訓練の量が違う。

そういえば、ロン・カーターも最初はクラシックを志してはいたようだが……。

ジャズ以上にクラシックは、ピッチの正確さを求められる。あのピッチの甘さで本気でクラシックをやろうと思っていたのだろうか?

それはともかく、ロン・カーターのソロだが、ペデルセンやジョージ・ムラーツのベースソロほど滑らかでも流暢でもない。

ロン・カーターのソロは決して流暢ではなく、むしろ突んのめる。

溢れるような歌心?

それは、何を差し置いてもポール・チェンバースだろう。

バッキング、ソロどちらをとってもチェンバースのラインは素晴らしい。

個人的にはジョージ・ムラーツのソロが、その暖かい木の音色と相まってすばらしい歌心を感じるのだが、いかがなものだろう?

ロンのラインはどちらかというと無機質、メカニカルだ。それはそれでアイディアとしては参考になるのだが……。

粘りの効いたアフタービート?

それは、ダグ・ワトキンスやリロイ・ビネガーらの「後ノリ」のグルーブの方がすごい。ロン・カーターのノリはどちらかというと淡白だ。

音色?

諸説分かれるところではあるが、個性という点に絞れば、私はチャールズ・ミンガスのゴツゴツした岩のようなベースが一聴して彼だと分かる個性を持っていると思う。

音程?

先述した通り、彼のベースの音程の悪さは凄まじく、彼より音程の悪いベーシストを探すのは非常に困難な作業だ。同じ黒人なら、私はアート・アンサンブル・オブ・シカゴのマラカイ・フェイバースの音程の良さが抜群だと思う。

雰囲気ベース

じゃあ、ロン・カーターの持ち味は何だ?

あ、一つだけあった。

ジャズ評論家の寺島靖国氏がうまいことを以前『スイング・ジャーナル』誌上で書いていた。曰く、ロン・カーターのベースは「雰囲気醸成器である」と。

おっしゃる通り!

そう、ロン・カーターのベースは雰囲気ベースなのだ。

JAZZに疎いリスナーにはJAZZっぽい雰囲気を感じさせ、ウエイン・ショーターのようにミステリアスで捕らえどころのないフレーズが持ち味のサックス奏者のバックにまわると、さらにミステリアスな雰囲気が倍増する。

さらにポンポンと軽い音色を奏でるが故、独特の「浮遊感」も感じられる。

マイルスのサイドマン時代のベースは良い

そんなロン・カーター参加のアルバムにも素晴らしいものもある。

マイルス・ファンの私は、ハービー・ハンコック、ウエイン・ショーター、トニー・ウイリアムスがメンバーだった黄金の第2期クインテットの時代が特に素晴らしいと思っているのだが、その時のベースがロン・カーター。

普通の4ビートには飽き足らず、新しいジャズに向けて邁進している『E・S・P』『ソ-サラー』『マイルス・スマイルズ』『ネフェルティティ』の4部作、爆裂ライブの『アット・ザ・プラグド・ニッケル』なんかのロン・カーターは雰囲気醸成器として、すごく良い味を出しています。

E.S.P.E.S.P.

ソーサラー+2Sorcerer200

マイルス・スマイルズMiles Smiles

ネフェルティティ+4Nefertiti

The Complete Live At The Plugged Nickel 1965The Complete Live At The Plugged Nickel 1965

というより、当時のマイルス・クインテットは、彼以外の適任者は考えられない。

この手の演奏は、レイ・ブラウンのような堅実タイプのベーシストには不向きな演奏だと思う。

地に足がついた「具体的」な低音を奏でるよりも、聴き手の想像力を刺激する、あえて調性感が曖昧で、かつ暗示的なハーモニーで多義的なサウンドカラーを提示する演奏にシフトしていった、この時期のマイルスが音楽を構築する上ではなくてはならない存在であったことは確かだ。

しかし、このような、もっともロン・カーターがロン・カーターらしいベースを弾き、もっとも音楽的にも実り豊かな演奏をしていた時期の音源を聴かずして(知らずして)、猫も杓子もロン・カーターを持ち上げようというムードに私は懐疑的なのかもしれない。

記:1999/03/24(from「ベース馬鹿見参!」)

追記

ちょっと前までは、バッハに凝っていたようで、持ち前の音程の悪さでクラシック・マニアからは「これって、何かの悪い冗談でしょう?」と悪評高きバッハ作品集を出していたロン氏ですが、最近はボサノバの作品集を発表されたようです。

しかもギターの共演者がビル・フリゼール!

意外な組み合わせではある。まだ聴いてないけれど。

記:1999/08/13

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