ジャズ聴きの潜在意識 - カフェモンマルトル

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ジャズと映画とプラモの日々:高野雲

ジャズ聴きの潜在意識

      2019/05/13

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世評との乖離

タイトルの「ジャズ聴き」とは、世間一般のジャズマニアのことをさすのではなく、私のことです(笑)。

特に力んでジャズに対峙しているつもりはないんだけど、おそらく私の意識下には、「せっかくジャズを聴いているんだから、こちらの期待と気合いに釣り合うだけの充実感が欲しい」というような欲求はあるのかもしれない。

だから、こちらの(時として)過剰な期待にスルリと肩透かしをくらった際は、「なーんだ」と、ものすごく残念な気分になるんですよね。

ジャズさん、ジャズマンさん、こちらが勝手に期待しすぎてゴメンナサイというしかないのですが……。

私の場合は、けっこう慎重というか、時間とお金を無駄にしたくないというケチな根性が働くためか、評論家が書いたレビューなどを読んでから聴くことが多いんですよ。

そして、そのレビューの内容が、あまりにも肯定的だったりすると、けっこう過剰に期待してしまうところがあり、だからこそ、こちらの期待を下回るものだったりすると「なーんだ」というふうになってしまう。

本当は、聴く前は先入観は持たないほうが良いんだけどね。

そして、その「がっかり感」が、時として、テキストや音声から攻撃的なニュアンスを醸し出してしまうこともあるみたい。
たとえば、先日アップしたYouTubeでの語りなど。

べつに「ディスる」つもりはなく、世評では名盤とされてはいるけど、でも、これが良いなら、もっと良い演奏やアルバムあるよね? 同じジャズマンなら、もっと良い作品あるよね?というような論調で話したつもりなんですよ。

でも、視聴者からきたコメントは「ディスってる」とか「ボロクソ(にけなしている)」とか、そういう感想だったということは、おそらく言っている内容よりも、私の語調だったり、潜在意識下にある「がっかり感」が、どこか攻撃的なニュアンスとして出てしまったのかもしれません。反省。

ちなみに、そのアルバムは、ラムゼイ・ルイスの『ジ・イン・クラウド』です。

ちなみに、他にも、「え?良いけど、“良すぎ”ではないよね?!」と思った盤を、2枚挙げるとすると、ジョン・コルトレーンの『バラード』と、マンハッタン・ジャズ・クインテットのファーストアルバムですかね。

今、ぱっと思いついた2枚なので、ほかにも叩けば出てくるでしょうが、あまり生産的ではないので、これ以上思い出すのはやめます。

上記3枚のように、必ずしもジャーナリズムが持ち上げているミュージシャンやアルバムや、評論家が言っていることと、自分自身の感覚が一致するとは限らないという、まあ当たり前のことですが、そういうようなことが時折あるんですよね。

だからといって、「好きなものを好き、嫌いなものは嫌いといえばいいんだ、俺は俺、人は人」と言って開き直るのも、なんだか少々子どもじみて躊躇してしまう自分がいる。

なぜなら、誰かが良いというからには(あるいは世間や歴史的な評価が良いというからには)、それなりに、どこか良いところもあるのだろうと思うから。
単に、自分自身の感受性が低レベルであるがゆえに、評価されているポイントを見落としているだけなのではないか?と自らの感度を疑うことも多いです。

それでも分からなければ、分からないということで判断保留。
「いつか分かる日がくるかもしれないさ」というのんびりとした気分で、いったんは対象となるアルバムのことは忘れ、映画を見たり本を読んだりガンプラをいじくったりしているのです。

さて、テキスト中で私が挙げた3枚のアルバム、皆さんにはどう聴こえるのでしょうか?

「悪くはないけど、世評ほど良いのかなぁ?」というのが長年感じ続けている私の感想です。

あ、ちなみにコルトレーンの『バラード』に関しては、最近少し視点が変わってきているので、考えがまとまったら、記事にしてみようかなと考えています。

記:2019/05/12

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