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ジャズと映画と本の日々:高野雲

トリスターノ、トリスターノ!

      2017/05/30

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怨念グルーヴ

今日は、こればっか聴いてます。
レニー・トリスターノのピアノソロ作品『ニュー・トリスターノ』。

もう、どんどん彼の「怨念グルーヴ」の世界に没入していき、一回では満足できず、「もっともっと!」となり、結局3回目をリピート中なのです。

もはや中毒といっても過言ではないですね。



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サブコンシャス・リー

そういえば、私は、ジャズという枠にとらわれず、純粋に好きな音楽として、リー・コニッツのリーダー作『サブコンシャス・リー』というアルバムが大好きなのですが、これも完璧にトリスターノの美意識の世界だよね。

「冷んやり」と切れ味鋭いコニッツのアルトサックスが最高だけれども、トリスターノのピアノもシャープ。

そういえば、これ、コニッツのリーダー作ではあるけれども、レコーディングの際のリーダーはトリスターノだったことを思い出した。

この頃のトリスターノとコニッツによる師弟のコンビネーションは抜群だと思います。

アーティキュレーション

さきほど、音の切れ味が鋭い、って書いたけど、この鋭さを感じさせるひとつの要因として、音の語尾の切り方の鋭さがあると思う。

音価、アーティキュレーションってやつですね。

文字で音をあらわすのは不可能だけれども、

たとえば、

♪おしまい

というフレーズがあるとすると、コニッツもトリスターノも、フレーズの一番最後の音符を、

♪おしまいっ!!

と力強い短さで切っているんだよね。

この潔さとシャープさがたまらない。

これも、プレイをいっそうシャープに際立たせている要因かもしれず、
アドリブに旋律に対する考え方のみならず、音のアーティキュレーションのつけかたまで、もしかしたら、トリスターノはコニッツに教えていたのかもしれない。

カインド・オブ・ブルー

『サブコンシャス・リー』は、音色といい、フレーズの抑揚といい、非常にストイックな美しさを放つアルバムでもあるが、トリスターノといい、コニッツといい、紡ぎだすフレーズの一つ一つが、どこを切っても非常に美しいラインで構築されており、音符の配列の美しさを取ってみても、これは、マイルスの名盤『カインド・オブ・ブルー』さえも凌ぐほど。

このアルバムを難解だと言う人も多いが、そんなことはない。

デリケートなバランスの上で奇跡的に構築された音のデザイン美として、まずは捉えてみてはどうだろう?
超一級のアート作品です、コレは。

たとえば、アルトサックスのキャノンボール・アダレイや、ベースのポール・チェンバースは、どこまでマイルスが実現しようとしたモードのコンセプションを理解しているのか怪しいところがありますよね、はっきりいって。

しかし、彼らの技量が素晴らしいから、演奏自体も素晴らしいものになっている。

つまり、何が言いたいのかというと、メンバー全員にリーダーのコンセプションが明確に伝わっていなくても、優れた作品は生まれてしまうのだということ。

ということは、『サブコンシャス・リー』に関していえば、親分のコンセプションをキッチリと理解して、なおかつそれを音として具現化できる力量を持ったジャズマンたちばかり。

クリエイターが頭に描いたイメージがキッチリと具現化され、なおかつそれが作品としてもしっかりと優れた内容に昇華されているという点においても、『サブコンシャス・リー』は「素晴らしい」を飛び越えて、「超素晴らしい」作品といえるのではないかと思うわけです。

もっとも、本当にトリスターノが思い描いたイメージが100%具現化されているかは、トリスターノ本人に訊いてみないとわからないことではあるけれど。

もしかしたら、これほどまでストイックかつシャープにプレイをしているコニッツら門下生のプレイにすら不満を抱き、だからこそ、もう自分一人でやるっきゃない!と思ってピアノソロ作品『ニュー・トリスターノ』を録音したのかもしれません。

ま、これもトリスターノ本人に聞いてみないと分からないことではあるけれど。

記:2001/07/04

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