ドゥー・ユー・リメンバー・ミー/キタキマユ

      2017/05/30

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ドゥー・ユー・リメンバー・ミードゥー・ユー・リメンバー・ミー

キタキマユの良さは、一生懸命じゃなさそうなこと。汗をかいていなそうなこと。

いや、もしかしたら、本人は一生懸命歌に取り組んでているのかもしれないよ。いや、きっとそうなのだろう。

しかし、なんだか合格点に達したら、それ以上は無理して頑張らないような「一生懸命過ぎなさっぷり」が、私的には、非常にポイントが高い。

たとえば、《ドゥー・ユー・リメンバー・ミー》。

フジTV系ドラマ『カバチタレ!』の主題歌だったことは記憶に新しい。どこかで耳にしたことのある人も多いと思う(この曲、岡崎友紀という人が80年に歌ってヒットした曲のカバーなのだそうだが、残念ながら私はこのオリジナルを聴いたことがない)。

しかし、なんとまぁ、この歌の、絶妙な力の抜け加減はどうだ。

プロデューサーからOKの出る範囲で頑張りました的な「頑張りの節約っぷり」がひしひしと感じられるではないか。

必要以上に頑張ってしまう鬱陶しさが無いかわりに、こちらに残る印象も、水のようにサラリと耳の穴から穴へと心地よく通り過ぎていってしまう。ほんの数分間のおつきあい。曲が終われば、送り手も、聴き手も、後くされの無い透明な関係に戻って、それぞれの生活に戻ってゆく。

聴き手の過剰な思い入れを最初から爽やかに拒絶しているのなら、それはそれでリスナーとの距離の置き方の上手なシンガーだと思う。

キタキマユ。

彼女、顔はわりかし可愛いし(『ドゥ・ユー・リメンバー・ミー』や『Flower』なんかのジャケット写真、いいよね)、スタイルも良いと思うが(昔の「CUTiE」のモデルをやったらハマリそう)、歌のほうは滅茶苦茶ウマイというわけではない。

しかし、滅茶苦茶ヘタというわけでもない。

彼女の歌声を聴いていると、彼女は、「歌を歌うことが、好きで好きでたまらないんです」という人種では無いことはたしかだ。「私はこの曲は、このように歌いたい」という表現欲求も希薄だと思う。

しかし、仕方なく義務感で歌っているような感じもしない。

たまたまシンガーになっちゃっただけで、別に歌手じゃなくても、やりたいことって一杯あるし、「自分から歌を取ったら何も残らない」だなんてセリフは死んでも言いそうもなさそうな雰囲気が、全くイヤミを感じさせずに不思議と魅力的なのだ。

きっと、与えられたことは真面目にこなそうとするのだろう。自分なりにキチンと消化しようとはするのだろう。しかし、聴き手の求める以上の思い入れは、決して歌の中には込めない。

ちょうど、学校の放課後の掃除のようなものなのかもしれない。

真面目な掃除当番の子は、きちんと掃除をするだろう。しかし、どんなに真面目な子も、やらなきゃいけない以上の掃除は自ら進んでしようとはしないと思う。

黒板の上のヘリの部分や、校内放送用の箱形スピーカーの上に溜まった埃までは、積極的に掃除はしようとはしないだろう。あくまで先生に褒められる範囲内での頑張り。それ以上の頑張りはエネルギーの無駄遣い。

それと同じなのだと思う。

キタキマユは、与えられた歌はきちんとこなすが、それ以上の踏み込みはしない。必要以上に思い入れを込めない。

この姿勢をクールと取るのか、ヨソヨソしさと取るのかは聴き手の自由だ。そして、この「踏み込みの浅さ」にもの足りなく感じる人もいるのかもしれない。
キタキマユの何が良いかって、曲とアレンジに恵まれていると思う。

今風の心地よい打ち込みサウンドで蘇ったシーナ&ザ・ロケッツを今風のクラブサウンド風にカバーした《ユー・メイ・ドリーム》も悪くないし、《Love & Peace》のベースもなかなかカッコイイと思う。

《Flower》や《All My Love》もベタなメロディだが、良い曲だなぁと思える。

そう、いずれの曲も、聴いている間だけは、いいなぁと思える。なぜ聴いている間だけなのかというと、聴き終わった瞬間に忘れちゃうから。

しかし、それはそれで、潔い5分間のおつき合いで良いではないか。聴いている間の5分間だけは、少なくとも良い気分になれるのだから、僅かな時間でも気持ちよく過ごせるのなら、お金を払った元は取れている。

聴き終わっても、ちゃんと記憶に残って、いいなぁと思う曲もある。

デビュー曲の《Planet's Tears」なんかがそうだ。テンポもメロディもコード進行も私好み。ちょっと違うかもしれないが、モータウンのサウンドに通じる「柔らかい甘さ」を感じている。彼女の歌の中では、この曲が今のところ私の中でのベストだ。

《太陽を夢見て》も悪くない。

いずれの曲のアレンジも、必要以上に力が入っていない優等生的なアレンジなので、彼女の良い意味で力の抜けたヴォーカルとうまく共存している。

だから、軽い気持ちで流し聴きが出来る。ふわっと耳を通り過ぎてゆき、音楽が終わると同時に、気持ちよく忘れることが出来るという希有なサウンドだ。

もっともオケだけに耳を澄ますと、結構、痒いところに手が届いているアレンジだし、音色も凝ってはいるのだが、サウンドがキタキマユのヴォーカルを干渉することはまったくない。バランスの取れた趣味の良い、それでいて適度に存在感の無いバックのサウンドは、なかなかセンスが良いと思う。

汗をかいている音楽も好きだが、キタキマユの音楽のように、汗をかかないで、小器用に、そして無難にこなしちゃったような音楽も嫌いではない。

記:2001/10/19

 - 音楽

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