カフェモンマルトル

ジャズと映画とプラモの日々:高野雲

突然ですが、メルドウとテイラーの音価の違い

      2016/11/14

Pocket

higanbana

『ジ・アート・オブ・トリオ vol.2 ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』に収録されている白熱の《ザ・ウェイ・ユー・ルック・トゥナイト》。

メルドウのピアノが冷たく熱い。

黒人のノリとは違った、細分化されたビートの断片がものすごい勢いで整然とくっついてゆく様。

だから、ちょっと前のめりにツンのめる感じが、アート・オブ・トリオの一貫した基本ビート。

スリリングだが、その反面欠点をあげるとすれば、あまりにも小刻みなために、どうも神経質で細々とした印象。

よって、悪くはないが、1枚通しで聴くと、かなり疲れる。

身体が疲れるのではなくて、神経が疲れる。

セシル・テイラーの過激な演奏よりも、もしかしたら鑑賞後は疲れるかもしれない。

もっとも、疲労の質が違うのだけれども。

やはり、本人が持つビート感、パルス感の違いか。

セシルの場合は、どんなに細やかなガラスの破片のようなフレーズを暴力的にたたき出しても、やはり、ノリの股幅が大きく感じる。

これは、メルドウのような白人テクニシャンのピアノを聴くとよりいっそう浮かび上がってくるから面白い。

もちろんメルドウとテイラーは、表現の性格、目的、方向がまったく違うので、比較するのもどうなのか?という問題もあるが、同じピアノでもこれだけ音価とノリが違うものなのかと思うとそれはそれで興味深い。

たとえば、このソロのピアノ。

異常に細やかだが、体内リズムの振幅は、かなり大きくおおらかだということが分かる。大きな鼓動(呼吸)で、細かい音符を疾走させているのだ。

記:2009/03/14

 - 音楽 , ,