カフェモンマルトル

ジャズと映画とプラモの日々:高野雲

フィルハーモニー/細野晴臣

      2018/04/21

Pocket

フィルハーモニー

3年殺し、いや、30年殺しのアルバム

30年殺し!
いやぁ、スゴいは、スゴ過ぎるよ細野さんは。

何かの雑誌か書籍に、細野さんの『フィルハーモニー』は3年殺しのアルバムだというような記述を読んだ記憶があるのですが、いやはやどうしてどうして、発売された1982年5月21日から30年経った2012年の5月21日の時点においても、まだまだ聴ける。
というより、30年経った今においてもなお『フィルハーモニー』の《フィルハーモニー》に殺られている私って、一体なんなの?って感じであります。

この「3年殺し」という秀逸な比喩を使ったライターさんは、おそらくは最初に『フィルハーモニー』を聴いた人は「なんじゃこりゃ?!」と思う人が多いかもしれないけれど、3年経ってはじめて『フィルハーモニー』の中に封じ込められた類まれなる細野さんのセンスや孤高の音楽性に気がつき、音に「殺られる」ということなんでしょうけど、ニブくて鈍感な私なんかは3年どころか30年経っても相変わらず、細野さんが放った、ある意味単純かつ素朴な音楽の「謎」に突き動かされているのです。
いや、単純素朴な「音のひと筆書き」的な曲も多いからこそ、一体何故、かくもシンプルなサンプリング音の組み合わせに飽きもせずに惹きつけられ続けるのだろうという疑問が月日を経つごとに増大してくるのです。

書の達人が毛筆で書いた一筆書きに魅入られ、何時間もしげしげと一本の線を眺め続けてしまう。
そのような感じに近いのかも。

もちろん、このアルバムが発売された時、リアルタイムで聴きまくっていた私は、なにはさておき、このアルバムの中では、一番「音楽っぽい」曲である《スポーツマン》に魅せられ、次いで《フニクリ・フニクラ》にニヤリと微笑み、《プラトニック》や《L.D.K.》の重たいリズムにもグッときたりしていました。

そして、同時に「音楽っぽくない」というか、要するにドラムとベースがアンサンブルの屋台骨を築いているというロック的なフォーマットの曲ではない《ピクニック》や《ホタル》も大好きで、よく口で曲の一部を真似したりしていました。

それから環境音楽的な《エアコン》なんかも大好きでした。
この曲を「うーん、イイねぇ」と友達の家で聴いていたら、そこにやってきた友達の姉貴(今思えばヤンキー姐さん風な人)に、「アンタら、何これ、暗すぎるわ!ネクラか、アンタらは?!」と、当時『笑っていいとも!』でタモリが流行らせた流行語の「ネクラ」を連発していたのも今思えば懐かしいですね。

とにかく、周囲からの冷ややかな視線もどこ吹く風、私は坂本龍一の『B-2 unit』とともに、細野さんの『フィルハーモニー』も、最初に聴いたときのインパクトと驚きの気持ちを保ちつつ、年を取ってきたような気がします。

だってやっぱり、この2枚のアルバムは今聴いても当時感じた新鮮な空気が蘇りますから。

アンサンブルやアレンジなどを超えた、ある種「音の原型」のようなもの、そしてそれが放射する、やはりどこをどう切っても音楽でしかあり得ない不思議な音の破片の集積を私は愛し続けてきたのかもしれませんね。

そして今、《リンボ》と《フィルハーモニー》がマイブーム。
《リンボ》に関しては、同年、YMOが散会前に発表したラストアルバム『サーヴィス』に収録された同名異曲の《リンボ》より当時から好きでした。

もちろん、YMOのリンボもズコズコズコズコと迫ってくる細野さんのベースも滅茶苦茶カッコ良かったですけどね。

《フィルハーモニー》は、いくつかの人の声をサンプリングした音源をメインに、ピアノの基本的な練習曲のような旋律が繰り返されているだけにもかかわらず、どうしてここまで私の耳を捉えてやまないのだろう。
やっぱり謎です。

発表後30年が経っているにもかかわらず、30年間殺されまくっている自分がいるのです。

記:2012/05/21

関連記事

>>B-2 unit/坂本龍一
>>サーヴィス/YMO

 - 音楽 , ,