カフェモンマルトル

ジャズと映画と本の日々:高野雲

タイトルズ/ミック・カーン

      2016/02/02

Pocket

TitlesTitles

ミック・カーンのベースが大好きだ。

個人的な話で恐縮だが、もとはといえば私はシンセ奏者。

YMOに感化されて、アナログシンセを買い、ツマミをまわしながら多重録音を繰り返していた、宅録野郎だったのです。

だから、幸宏のドラムは別だけれども、ギターやベースやドラムといった、シンセ以外の楽器のサウンドにはまったく興味がなかったんですよ、長い間。

ベース? シンセベースでいいじゃん? みたいな感じでね。

そんな私に、はじめて、鍵盤ではなく、弦のベースの魅力を開眼させてくれたのがミック・カーンなんですね。

ジャパンを聴いて、ミック・カーンの変態的ベースワークにやられてしまったんですよ。

うひゃぁ、なんじゃこりゃ? ベースって面白い楽器だなって。

鍵盤以外に、はじめてやってみたい楽器が登場したわけです。

すでに、ベースへの入り口が間違っている(笑)?

だから、今はベースを弾いている私なんだけども、シンセやピアノを弾きながらも長い間、ベース、しかもフレットレスベースへの憧れはずーっとあったわけですね。

ある日、所属していた大学のジャズ研のベーシストがやめちゃって、ベーシストがいなくなってしまったとき、これはいいチャンスかもしれないと、ベースへ転向したわけです。

そのときも頭の隅っこには、いや、頭の半分ぐらいはミック・カーンの音が占めていた。

だから、最初に買ったベースも、フレットレス(笑)。

次に買ったベースも、その次にグレードアップしたベースもフレットレス。

あげくの果てにはヴィンテージ・フェンダーの指板を抜いてフレットレスにする始末……。

いまでこそ、フレット付きのベースも弾くようにはなったけれども、私のベース人生の大半はフレットレスなんです。

こんな私に誰がした?

あなたです、ミックさん(笑)。

フレットレスというと、ジャコ・パストリアスが有名だが、私、長い間ジャコって知らなかったし、フレットレス奏者といえば、パーシー・ジョーンズかミック・カーンなんです。

この2人のフレットレスプレイは、本当に凄いが、オリジナリティや親しみやすさは私にとってはミックのほうが断然上。

マネしたくてもマネできない存在。

たとえば、ジャコのベースをマネしようと思えば、ものすごい練習量が必要だけれども、努力すれば近づけるかもしれない、という希望ぐらいは抱かせてくれる。(ま、雲の上の存在といっても良いぐらい、彼のプレイが凄いことは確かだけれども)。

なぜかというと、彼なりの演奏上のロジックや発想が、ジャズやR&Bがベースになっているため、比較的アナライズしやすいんだよね。

しかし、ミックのプレイやセンスは、どんなに努力しても、決して近づくことすら出来ない、最初から別次元の存在なんだな。

発想の根幹が異次元だし、なに考えているかわからないし(笑)、そもそもあんまり考えていないのかもしれない(笑)。

いまでも私はミックの新譜はチェックしつづけているが、やはり最初のアルバムが『タイトルズ(邦題:心のスケッチ)の衝撃が一番強かった。

そして、衝撃だけではなく、繰り返し聴けるだけの音の懐の深さもあるんだよね。

私は発売当時、レコードで買ったが、A面はインスト、B面はヴォーカルナンバーという構成だった。

どちらの面も捨てがたかった。

いきなり「なんじゃこりゃ?」なベースの出だしでぶっ飛ぶ《トライヴァル・ドーン》がインストサイドの白眉だとすると、このベースラインと、印象的なサビのメロディがよくもまぁピッタリと合致するなぁと聴くたびに驚く《センシティヴ》がB面の代表ナンバーか。

フレットレスベースは、フレットのついた普通のエレクトリックベースとはまったく別な楽器だと私は考えている。

だから、フレット付きよりもより豊かなニュアンスをつけるための“セカンド楽器”としてフレットレスを所有するベーシストも多いが、ミックの場合は、そもそもそういう使い方をフレットレスに求めてはいない。

彼にとってフレットレスベースは身体の一部。

彼の突飛なフレットレスプレイは、彼の内面の肉声。

だから、彼ほどフレットレスベースをフレットレスらしく弾きこなしているベーシストは他にいないのだ。

やはり、今聴き返しても『タイトルズ』の突拍子もない斬新さに腰を抜かしてしまう。

記:2010/11/27

 - 音楽 , ,

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。