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chayの《12月の雨》が描き出す神保町の風景

chayの《12月の雨》が描き出す神保町の風景

12月の雨

神保町が思い浮かぶ

荒井由美(松任屋由美)のキャリア初期の名曲の1つに《12月の雨》がある。
個人的には《中央フリーウェイ》よりも好きなナンバーだけど、もちろん《中央フリーウェイ》も名曲だとは思う。

ちなみに、その両曲が収録されているベスト盤が『日本の恋と、ユーミンと。』で、これはかなりオススメな編集内容。

そして、なんと意表をつくかのように《12月の雨》のカバーが現在放送中のドラマ『地味にスゴイ! 校閲ガール・河野悦子』のオープニング曲に使用されているのには、驚きとともに嬉しさもある。

カバーしているミュージシャンは、シンガーソングライター兼モデルのchay。
「チャイ」と読む。
インドのお茶からとって自らが名づけたアーティスト名なのだそうだ。

彼女の歌声とユーミンの旋律が融合を聴くたびに、私は神保町の景色を思い浮かべてしまう。

もちろん、ドラマは出版社の校閲部が舞台なので、「出版=神保町」という先入観も手伝っているのだろうが、今も昔も変わらぬ景観と、いつの時代もどこか懐かしい雰囲気を漂わせている神保町と、chayが歌う《12月の雨》はものすごくシンクロしているように感じるのだ。

子どもの頃から馴染みの街

本や雑誌といえば、私にとっては今も昔も神保町。
中学生の頃から毎週週末は三省堂本店や書泉ブックマートに立ち読みに出かけていたものだ。

また楽器が好きで、よく楽器見物や試奏をさせてもらった楽器屋さんも御茶ノ水~神保町エリアに集中していたし、中古のジャズCDを廉価で買える「ディスクユニオン」があることも手伝って、私の青春時代は神保町という街は無くてはならない場所の一つだった。

そして、神保町は、社会人になってからも馴染みのある場所であり続けた。
就職先が出版社だったということもある。
また、神保町の三省堂本店は、新宿の紀伊国屋や、東京の八重洲ブックセンターとともに本の売れ行き調査の対称店であるとともに、今後の全国での売れ行きを占うアンテナ店であったためだったということもある。
だから、頻繁に足を運んでいた。

また、この界隈にはニッパン(日本出版販売株式会社)を筆頭に、中小の取次が混在するエリアということもあり、出版関係の人間にとっては無視することが出来ない重要な場所でもあったのだ。

ま、一般の本好きにしてみれば取次はあまり縁の無い世界だとは思うのが、要するにざっくりといえば本の問屋さん。

トーハンやニッパンのように、全国津々浦々の書店やコンビに本を流通させる機能を持つ大手もあれば(ちなみに東&日販の社員は合コンの際に自らの職業を「商社勤め」と名乗っているということを社員さんから聞いた記憶があるが、あながち間違いではなく、たしかに商社的な要素もある)、小規模で町の本屋さんのようなレベルの取次もあり、書店は店頭の在庫が切れたら取次に顔を出して販売用の本を買いに出かけたりもするわけだ。

上記大手と小規模の取次を足して2で割ったくらいの規模の今はなき鈴木書店という取次も神保町にはあり、そこの窓口にヘアヌード写真集評論家でもあられた井狩春男氏にもお世話になっていた。
今後出版する本をベストセラーにするためにはどのような仕掛けを施せば良いか、帯のキャッチにはどういうことを書けばいいか、推薦者は誰にお願いすれば良いかなどを神田の「やぶそば」などで蕎麦を食べながらアドバイスをいただいたこともあったけど、それもまた懐かしい思い出。

そうそう井狩さんといえば、『ハリー・ポッター』シリーズがまだ日本で発売される数カ月前から、「ハリー・ポッターという本が出るんですけどね、あれは売れますよ、絶対売れますね、要チェックですよ」と別件で食事をした帰りに仰られていたことを思い出した。
その時は、「なんとかポッター? ヘンな名前の魔法使いだなあ」くらいの認識しかなかったのだが、日本で翻訳書が発売された後の展開は皆さんご存知のとおり。

このように、神保町は様々な本の情報が行き来する神保町は出版に携わっている人たちにとっては要チェックの街で、そこで書店員同士が情報交換をしたり、出版社の営業マンや書店員ら出版関係の人同士が道端や書店の売り場でバッタリ出会って立ち話がてら情報交換をしたりという光景もよく見られたものだ。

また、神保町はJRでいえばお茶の水でもあり水道橋でもあるエリアなんだけど、やはり日本の出版社の多くは、取次がひしめくこのエリアを中心に会社を構えていることが多く、中央線(総武線)の水道橋、飯田橋、市谷、四谷エリアは出版関係の人口が非常に多い地域でもあるのだ。

先日、中学生の社会科の教科書を見る機会があったんだけど、昔なつかし誰もが習ったはずの「四大工業地帯」が現在は「三大工業地帯」となっていた。そう、他の工業地域の生産が北九州を上回るようになったため、北九州工業地帯は外されてしまったのだ。
時代とともに社会の教科書の内容も変わるんだよなぁ、なんて思いながら、その中の京浜工業地帯の特色を見てみると「機械工業を中心に重化学工業も多い。また、出版社が多いことから印刷業の割合か高い」というような記述がなされていた。

この京浜工業地帯の中の出版関係の会社の多くは、おそらく、お茶の水から新宿までの中央線(総武線)の線路沿いが多くを占めていると思われ、それは、本を流通させたり問屋の機能を持つ取次がこのエリアに集中していることが理由だろう。

だからということもあるのかもしれない。

私がこの界隈が、六本木や渋谷や新宿や池袋や下北沢や吉祥寺や高円寺など東京のどの街よりも好きなのは、常にそこに本の香りが漂っているからなのだろう。

渋谷や新宿ほど人は多くないし、「今」を感じさせるビルボードなどの広告もほとんどない。
少しずつ景観は今風に変貌してきてはいるが、やはり昭和や平成初期の佇まいがどこかに残っており、だからこそ時間の流れが東京の他の町に比べると、少々ゆっくり流れているように感じる。

だからこそ、落ち着いて町の中をぶらぶらと歩けるのだ。

その独特なゆるりとした空気感や佇まいを説明することは難しいのだが、映画『舟を編む』や、ドラマ『重版出来!』のいたるところで確認することが出来る。

この空気感は、「最新」ではない、もうひとつのリアルな東京ともいえる。

『校閲ガール』の挿入歌はこれ以外考えられない

石原さとみ演じる河野悦子が勤める平凡社、じゃなくて景凡社と、この出版社を取り巻く空気、雰囲気も、上記出版社が舞台の作品に通じるところがある。

河野悦子が憧れるファッション誌『Russy』は、最新の流行を発信する雑誌ではあるけれども、実際に彼女が勤める部署、校閲部は「最新」とはほど遠い、昔ながらの古き良き昭和の香りが漂っている。

このテイストとピタリとマッチするのが、《12月の雨》という曲のAメロであり、サビなのだ。

そして、ユーミン以上に神保町に通じるテイストを放っているのがchayの歌声だろう。

世代的にはユーミンよりも2世代も3世代も後の若手でありながら、不思議なことにchayの声はとてもノスタルジックだ。
70年代の子ども番組や家族ドラマの挿入歌として使われていたのではないかとすら思うほど。

また、ユーミンの歌声が超時代的なものがあるから、余計にchayの歌声に郷愁を感じてしまうのかもしれない。
たとえば、《中央フリーウェイ》のような名曲は、おそらく50年後もどこかで流れているだろうし、50年後の未来を生きる人の何パーセントかの心は捉えているに違いない。

つまり、昭和だとか平成だとか、そういった「時代の色」がつきにくい超越性がどこかにあるのだな、ユーミンの声には。

「あ、これ昭和風だよね」とか「90年代っぽいよね」とか、そういう時代で括る形容ではなく「あ、これユーミンだよね」と、ユーミンの存在そのものでイメージを認知させてしまう不思議な力を持っているのだ。

その点、chayの歌声はなぜか時代性を感じてしまう。
悪い意味ではなく、良い意味で。

だから、平成と昭和が混在したムードを醸しだす神保町が舞台のドラマにはピッタリなのだ(勝手に景凡社の場所を神保町ってことにしちゃってますが)。

とても、ドラマのテイストと挿入歌のテイストが一致している、というか一体化している。
すばらしい選曲だと思う。

『校閲ガール』を面白くしているのは、マジメ能天気な石原さとみのキャラによる部分も大きいが、彼女が存分にそのようなキャラを発揮できる舞台の底流を形成しているのが、chayの《12月の雨》であることには間違いない。

こればっかりは、どんなにユーミンのバージョンが素晴らしいからといって、超時代的なユーミンの歌声の《12月の雨》は、このドラマのイントロにはそぐわない。

しっとりと、ゆっくりと。
適度にのんびり、マイペース。

そんな気分で、もう何十年も神保町を闊歩してきた私の体内リズムに、ピタリとシンクロしてくれるのが、chayバージョンの《12月の雨》なのだ。

記:2016/10/23

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