レイザーズ・エッジ/デイヴ・ホランド

      2021/02/08

ECMらしからぬ(?)アンサンブル

1曲目の《ブラザー・タイ》を聴き始めると、すぐに「えっ? このアルバムのレーベルはECMだったよね?」と驚くかもしれない。

ブルーノートのハードバップものによくある、3管による躍動感あふれるテーマのアンサンブルがそう思わせる大きな理由だ。

静謐、透明感などと、我々が(私だけが?)ECMに抱くステレオタイプなイメージを打ちくだくほどの「陽」なテイストを感じることができる。

テーマのところどころに「コン・コン」と叩かれるカウベルの音もコミカルに感じられる。
マーヴィン・スミッティ・スミスが叩くこの「コン・コン」が、「厳か」「スタティック」と我々が(私だけが?)抱くECMのイメージを覆すに十分なアルバムの幕開けを告げている。

各曲のテーマのアレンジは、練られたものが多いと思う。

しかし、アルトサックスのスティーヴ・コールマン、トランペット(あるいはフリューゲルホーン)のケニー・ホイーラー、トロンボーンのロビン・ユーバンクスの3人のホーン奏者によるアンサンブルは申し分なく、緻密な一体感と同時に、メリハリのあるダイナミクスが演奏にもたらされているため、このアルバムは、管楽器をやっている人にとっては管同士のコンビネーションを学ぶ絶好の教科書にもなり得るだろう。

シンプルに土台を提供する悦び

冒頭で紹介した《ブラザー・タイ》を筆頭に、このアルバムに収録されているナンバーは、何度かリハーサルを重ねないと息の合ったアンサンブルの実現が難しいと思われる譜割りのテーマが多い。

もちろん、聴き手は、数回繰り返し聴けばすぐに耳に馴染んでくるメロディばかりなのだが。

リーダーのホランドは、ベーシストとしての「技術」よりも、作曲や編曲の面白さを前面に出したかったのだろう。
そして、起伏ある演奏の要を、ベースでズッシリと押さえる楽しみを表出させたかったに違いない。

したがって、メロディの起伏が多いナンバーでは、音数を絞り、ひたすらこの低音で脈動を送り続けることに徹し、高音域をアクセント的に入れるというような「色気」はほとんど出していない。

管楽器たちが縦横無尽な吹奏を重ねる中、ベースも音数の多いフレーズを弾いてしまうと、ゴチャゴチャとすっきりしないものになると判断したのだろう。

ベーシストがリーダーのアルバムなのに、シンプルで演奏の底辺を支えているだけの役どころでは勿体無いと思う人もいるかもしれない。

しかし、ベースを弾いたことがある人はお分りだと思うが、たしかに、ジャコ・パストリアスのように、旋律的なラインを弾くことで積極的にフロントに絡んでゆく楽しさもベースにはあるのだが、それとは対極に、演奏の影となり、シンプルな音をひたすら鼓動として送り続ける、いわばエンジンに徹する悦びといものもあるのだ。

たとえば、素人演奏で申し訳ないが、かれこれ20年以上も前に私が作って録音した《港湾警備指令》という曲は、ベースの音は1小節にたった2音しかない。

>>港湾警備指令~ヒステリック・ジャズ・テクノ

もちろん最初は、旋律に絡んでいくようなベースラインを色々と考えて試してみたのだが、上に被さる旋律そのものがウネウネと蛇行を繰り返し、突拍子もなく休符を設けたりしているため、「動くベース」にしてしまうと、聴いている人は、どちらの音に耳の焦点を合わせていいのか分からなくなるだろうと考え、1つの音を1小節の中にたった2音だけを反復するアレンジにしたのだ。

そして、たった2音の反復であれば「人力」よりも「打ち込み」のほうが正確でいいではないかってことで、ベースのパートは打ち込みの自動演奏にしちゃいましたけど。

余談はさておき、このように、ベースの醍醐味は、自分が発する低音を聴くだけではなく、いやむしろそれ以上に、自分が送り出した鼓動の上を自在に踊る他の楽器の跳躍ぶりを聴く愉しみにもあるのだ。

おそらくリーダーのホランドは、イキの良い当時の若手たちが自由闊達に繰り広げる管楽器の音色をベースを弾きながら楽しんでいたに違いない。

ひたすら、モコモコと肉厚でパワフルな低音を演奏にもたらすことに終始しているナンバーが多いのはそのためだろう。

短いベースソロも秀逸

とはいえ、やはりベーシストがリーダーがアルバムということもあり、ホランドは、すべてのナンバーを伴奏に徹しているわけではない。

彼独特の重心の低いベース音を楽しめるナンバーといえば、《ブルース・フォー・C.M.》だろう。

イントロはベースソロからはじまる。
このベースソロは、ブルースのツボを押さえつつも、ホランド的な知的なフレーズもブレンドされているため、なかなか聴きごたえがある。

また、《ヴォーテックス》の前半にちょこっと登場するベースソロも効果的だ。
それも、オイシイところに、長すぎないベースソロをセンスよく挟んでいるところはサスガ。

このアルバムの演奏は、アンサンブル8割、ベース2割の比率で楽しめるため、ベース好きのみならず、管楽器やドラム好きの人も是非聴いて欲しい、元気で聴きやすいアルバムなのだ。

記:2017/05/10

album data

THE RAZOR'S EDGE (ECM)
- Dave Holland

1.Brother Ty
2.Vedana
3.The Razor's Edge
4.Blues For C.M.
5.Vortex
6.Four Six
7.Wights Waits For Weights
8.Figit Time

Dave Holland (b)
Kenny Wheeler (flh,tp,cor)
Steve Coleman (as)
Robin Eubanks (tb)
Marvin “Smitty” Smith (ds)

1987年2月

 - ジャズ