ランニング・ワイルド/山中千尋

   

陽のオーラで走り抜ける

ベニー・グッドマン生誕100周年を記念して制作されたアルバム。

発売当初、このようなふれこみを聞いた時は、「何故にピアニストがクラリネット奏者へのオマージュを? やはり前作のオスカー・ピーターソンに続く、大物ジャズマン・トリビュート企画の第二弾なのか?」などと正直思ったものだが、実際のところ山中千尋はベニー・グッドマンのスモールコンボが好きで日常的によく聴いているのだという。

もちろん企画的な意図もあったにせよ、彼女の場合は、自身の音楽性を、いつものピアノトリオ中心のフォーマットとは異なる形態で表現する良い機会と捉えたのだろう。

実際、このアルバムでは、ピアノの演奏もさることながら、山中千尋というアーティストの作曲面、編曲面においての才能も感じることが出来るからだ。

このアルバムのベースとなっているベニー・グッドマンのスモール・コンボといえば、白人が黒人を雇ったことで、当時のアメリカでは物議をかもしたヴィブラフォン奏者のライオネル・ハンプトンがメンバーの一員となった時期のバンド。

グッドマンのクラリネットとマイルドな調和を生み出したサウンドがなんといっても特徴だ。

これに習い、このアルバム『ランニン・ワイルド』のメンバーも、グッドマンのコンボのサウンドを特徴づけたヴィブラフォンを加えた編成となっている。

グッドマン役のクラリネット奏者には、ジャネル・ライヒマンを迎え、ギターがアヴィ・ロスバード。つまり、ピアノトリオに、クラリネット、ヴィブラフォン、ギターの3つの楽器が加わった六重奏団(セクステット)編成となっている。

単にこの編成でベニー・グッドマン・コンボのコピーをしましょうというわけではなく、きちんと現代流のジャズを聞かせようという意気込みが伝わってくる。

もちろん、古き良きグッドマン時代へのオマージュもこめて。

SP時代のレコードの音を彷彿させる最初と最後の《イフ・アイ・ハド・ユー》からもそれは伝わってくる。

モノラル音のどこか懐かしい肌触りの音から、一気に現代にタイムスリップ、そして最後は再び古きアメリカ、スイング全盛時代に戻る構成&演出は、ストーリー性があって楽しいし、単に古き良き時代の音楽の焼き直しをしているわけじゃないんですよ、という意志が伝わってくる。

まるで1曲目から2曲目への展開は、ノイズ混じりのモノトーン映像が、いっきにデジタルハイビジョンに変わったかのようなイメージの変化が楽しく、また驚かせてくれる。

聴きやすく、アルバムとしての起伏、流れもあり、そしてもちろん、流麗さとゴリッとした迫力を合わせもつ、しなやかな山中ピアノも健在。

アルバム全体を通して感じられるのは、どこまでも鮮やかな「陽」のイメージ。聴く人の多くをハッピーな気分に包んでくれることだろう。

個人的には、アルバム終盤を彩るタイトル曲が気に入っている。

ほか、ネーミングセンスといい作曲センスといい、「いかにも山中千尋」を感じさせる《B.G. [Bad Girl] 》も、「今、自分は山中千尋のアルバムを聴いているんだ」という妙な安心感(?)を感じさせてくれるので、好き。

記:2011/05/10

album data

RUNNIN' WILD (Universal Classics)
- 山中千尋

1.If I Had You
2.Airmail Special
3.B.G. [Bad Girl]
4.G.B. [Good Boy]
5.Slipped Disc
6.Medley:
7.Stompin' At The Savoy
8.Last Call
9.Get Happy
10.Smoke Gets In Your Eyes
11.Tico Tico No Fuba
12.Rose Room
13.Rachel's Dream
14.These Foolish Things
15.Runnin' Wild
16.If I Had You

山中千尋 (p,key on #2,4,6)
Janelle Reichman (cl) #2-13
Tim Collins (vib) #2-7,9,12,13
Avi Rothbard (g) #2-13
脇義典 (b) #2-13
Luca Santaniello (ds) #2-5,#7-13

2009/07/08-10

 - ジャズ