渡良瀬/板橋文夫

   

ダラー・ブランドを思い出す

板橋文夫の幻の名盤『渡良瀬』。

精魂込めたピアノソロ集だ。

個人的な第一印象は、ダラー・ブランドに通じるところがあるな、ということ。

奏法はマッコイ・タイナーを彷彿させるものがあるが、ピアノから漂う空気感はダラー・ブランドに近い。

彼の曲を取り上げているから(2曲目のムサンドゥーサ)、という先入観も無いわけではないが、南アフリカはケープタウン出身のピアニストの曲を、栃木県は足利市出身のピアニストが弾くと、そこに立ち現れるのは、不思議なことに、日本の原風景。

ダラー・ブランドと板橋文夫。

両者ともに共通しているのは、どっしりとしたピアノの音の存在感と、自らのルーツを前面に出している点だ。

どっしりと地に足のついたピアノ

言うまでもなく、板橋のルーツとは「和」であり、それに対しての郷愁の念を隠そうとしない。

日本の多くのジャズは、ジャズは異文化圏の音楽だからという畏敬の念から、自らの出自を封印し、引用とコピーで外面をまとうは良いが、痒いところでホンモノにはなりきれず、かえって国籍不明の「もどき」な音楽に堕してしまいがちなところがあるが、それに比べれば自らのルーツを惜しげもなく前面に出した板橋のスタイルのほうが、かえって「根っこの見えない演奏」よりははるかにジャズを感じる。

特に自作の《利根》や《渡良瀬》にそれが顕著で、日本の土臭さがプンプンと漂う。

旋律やテイストはまったく異なるが、これは、ダラーブランドの大地を踏みしめている感じと共通するものだ。

和音もフレーズもひらひらと軽やかに舞うようなスタイルとは正反対のピアノ。

一音一音が、どっしりと土を踏みしめている。

力強い。

けれども不器用な感じ。

嘘はつかないし、つくのも苦手そう。

誠実で、どっしりとしたタッチと、土着的なリズム感が、日本人の遺伝子を揺さぶるのだろうか、とても懐かしい感触を覚えるのだ。

堆肥の匂いがするピアノ

奄美大島在住の板橋ファンの女性が、以前掲示板に「堆肥の匂いがするピアノ」と書かれていたが、まさに言いえて妙な表現だ。

力強いタッチだが、かなりナイーヴな面もある。

正直、ミスタッチの目立つ演奏もある。

しかし、だからこそ、心のヒダに抵抗なく染みとおるサウンド。

匂い立つ日本的な情念が、より一層強く感じるのかもしれない。

力強いニッポンの原風景が、板橋のピアノの一音一音には、たしかに宿っている。

ニッポン人のDNAを刺激し、涙腺を刺激しまくること請け合いだ。

記:2005/02/21

album data

渡良瀬 (Columbia)
- 板橋文夫

1.Someday My Prince Will Come
2.Msunduza
3.I Can't Get Started
4.利根
5.渡良瀬
6.Miss Cann
7.Good-Bye

板橋文夫 (p)

1981/10/12-13

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