ウィムス・オブ・チェンバース/ポール・チェンバース

   

基準はチェンバース

極論してしまえば、ジャズのベースはポール・チェンバースを基準にすれば良い。

彼の指が“ポン・ポン・ポン・ポン”と“4つ”を刻むピチカート。この鼓動こそが、ジャズの鼓動、ジャズの底力なのだ。

グルーヴィで演奏をグイグイ引っ張ってゆく強靭なビートを刻む彼のピチカートの快感に目覚めてしまうと、たとえベースの上に乗る管やピアノが駄演だとしても、チェンバースのベースの刻みだけを聴ければゴキゲンだよ、という気持ちになれるから不思議だ。

また、キッチリと正確過ぎない「適度な緩さ」も、チェンバースのベースワークの持ち味で、この緩急のバランスが良さも、ジャズの良い意味でルーズな要素をも体現しているといえる。

アンサンブルに焦点をあてた作品

ブルーノートの1534番。
彼の初リーダー作となる『ウィムス・オブ・チェンバース』。

「さーて、セッションに出かけるか」と声が聞こえてきそうな、ベースを抱えた彼の全身が映るジャケ写も良い雰囲気。

内容のほうも、同じブルーノートから後年録音された彼の代表作『ベース・オン・トップ』がチェンバースの技巧面にスポットを当てた内容だとすれば、こちらのほうは、彼の演奏力にスポットを当てた内容となっている。

つまりは、アンサンブルをどう支え、共演者を鼓舞するかという面にスポットが充てられた内容だ。

すなわち、ジョン・コルトレーン(ts)、ドナルド・バード(tp)、ホレス・シルヴァー(p)、ケニー・バレル(g)、フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)といった、ブルーノート・オールスターズとでも言うべきそうそうたる面子とともに繰り広げる、素敵な演奏集とでもいうべき内容なのだ。

曲によってメンバーの編成を増減し、チェンバースというベーシストの多彩な魅力をアピールするような構成となっている。
だから、飽きることなく、楽しい気持ちで最初から最後まで聴き続けることになってしまうのだ。

ベーシストがリーダーのアルバムは、入門者の方は「マニア向けでは?」と敬遠されるかもしれないが、臆するなかれ、トランペットやサックスやギターにピアノが、元気に演奏を繰り広げる“フツーに素晴らしいジャズ”です。

メンバー、曲、演奏ともに、申し分なし。非常にバランスの取れた名盤といえよう。

「マイベース」の音色

ちなみに、この盤で聴こえてくるチェンバースのベースの音色は、『ベース・オン・トップ』とではずいぶんと違うことに気付かれる方もいらっしゃると思う。

『ベース・オン・トップ』で使用したベースは、従兄のダグ・ワトキンスのものだからだ。

マイルス・クインテットのツアーを終え、チェンバースはスタジオに手ぶらでやってきたが、ツアーの演奏先からは、チェンバースの“マイベース”は、何らかのトラブルで、スタジオには届いていなかった。

そのため、急きょスタジオに置いてあったワトキンスのベースが使用されている。

『ウイムス~』のベース音は、ときおり弦と指板を擦れる「みょん、みょん」という音が聴こえる。この日のチェンバースのベースは弦高が低かったのかもしれない。

ベースという楽器は、デカいがデリケートな面もあり、湿度や温度でずいぶんとコンディションが変わるものだ。特に、弦の高さは、分かりやすくあらわれるコンディションの違いの一つでもある。

特に、チェンバースは、現在主流のスティール弦ではなく、ガット弦を使用していた。

ガット弦は動物の腸を捻って作ったものゆえ、湿度などの変化でかなりコンディションが左右される弦なのだ。

普段はボン・ボン!と力強いアタックのベース音も、この日は微妙に、ミヨン!ミヨン!プレスティッジでレッド・ガーランドのトリオなどで録音されたベースの音にも、ミヨン!ミヨン!の成分が含まれた音色が認められるが、同じブルーノートで、スタジオも録音技師も同じ(ルディ・ヴァンゲルダー)にもかかわらず、ほんの少しだけ違うチェンバースのベース音にも注目すれば、聴く楽しさが増すかもしれない。

記:2009/10/30

album data

WHIMS OF CHAMBERS (Blue Note)
- Paul Chambers

1.Omicron
2.Whims of Chambers
3.Nita
4.We Six
5.Dear Ann
6.Tale of the Fingers
7.Just for the Love

Paul Chambers (b)
Donald Byrd (tp)
Horace Silver (p)
Kenny Burrell (g)
Philly Joe Jones (ds)

1956/09/21

 - ジャズ