子どもの世話 イタ飯屋でワイン 原稿書き マイルス聴き 2001/10/14

マイルス・デイヴィスに対して、すでに確立された感もある既成の批評に対して、新説を打ち立てようという姿勢はご立派で結構なことだとは思うが、現代思想やら組織論などを引っ張り出して、なんだか一生懸命に無理して新しい説をひねくり出そうと躍起になっている感の否めない、単なる屁理屈本、田中公一郎 『マイルス・デイビス 神話の検証』読了。

たしかにマイルスは「音色」に強いコダワリを持っていたし、実際、私もHPに「お絵かきラッパ~マイルス・デイビス」というエッセイも書いているほどだが、だからといって、彼の音色へのコダワリが、「声の喪失」から来ていると記すのは、ちょっと飛躍しすぎではないかと思うし、「声(voice)の探求が和声(voice)の探求になってゆく」なんて解釈は、これって「シャレのつもり?」としか言いようがないほど開いた口が塞がらず(なんで声を失った人が、それを理由に和音を探求するんダ?)、“ミュート(消音器)を使うことで、自分の「ミュート状態」=声の損傷に対処しようとしていた” なんてクダリは、コジツケ臭すぎで、もう阿呆を通り越して、絶対にウケ狙いのギャグを書いているに違いないと思った。

昼飯に作った焼飯が我ながら上出来だったり、息子の4歳年上の友達が家に遊びにきたので一緒に遊んであげたり、息子を連れて書店に注文していた本を取りに行ったり、イタ飯屋でワインを呑みながら読書をしたり、メルマガの原稿のストックを書いたり、CDの整理をしたり、マイルスのCDを立て続けに聴いていたりしているうちに一日が終わってしまった(早いぞ、時間!)。

三文日記

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