【三文日記】2001年10月

      2024/05/26

SANYO DIGITAL CAMERA

10/1(mon)

渋谷でラーメンを喰っていたら、そのラーメン屋、有線でジャズを流していて、流れてきた《ウィロウ・ウィープ・フォー・ミー(柳よ泣いておくれ)》を吹いている淀みと迷いのないストレートなアルトサックスの音色は、これはきっとソニー・クリスに違いない、そうだ、ソニー・クリスだ、ソニー・クリスはいいよなぁ、本当、竹を割ったようにストレートで正直なアルトを吹くから胸がすくなぁ、でも俺ってソニー・クリスって2枚しかアルバム持っていないよなぁ、やべぇ、なんだかソニー・クリスのアルバムが欲しくて欲しくて仕方なくなってきたぞ、と思い立ち、ラーメンを急いでかきこんで、ディスク・ユニオンへ直行した。

アルトサックスのコーナーを見ると、ソニー・クリスのアルバムがあるわあるわ、お、近々真剣に取り組もうと思っていた曲「アウト・オブ・ノーホエア」が入っている、お、オマケにピアノがドロー・コカーじゃんの『アウト・オブ・ノーホエア』(Muse Records)、ありゃりゃ「酒と薔薇の日々」とか「ホェン・サニー・ゲッツ・ブルー」を演っていて、しかもベースがチェンバースじゃんの『ジス・イズ・クリス』(Prestige)、どぁぁぁ、俺の大好きなタル・ファーロウが参加していて、しかも、恐らく先ほどラーメン屋で聴いた「柳よ泣いておくれ」が入っているに違いない『アップ・アップ・アンド・アウェイ』(Prestige)、私の尊敬する心地よいビート保持者、リロイ・ヴィネガーが参加していて、ここは絶対聴いておかねばならないと勝手に思いこむことにした『サタデイ・モーニング』(Xanadu)、あららら、こっちにも「柳よ泣いておくれ」が入っているじゃないの、どっちのバージョンがラーメン屋で流れていたのか真相を究明するためにも聴かなきゃいけないし、私の大好きな「イージー・リヴィング」が入っているから、即買いだなの『ジャズ U.S.A』(Liberty)、そして、たまたま視界に入ってきたビル・エヴァンスの『トリオ 64』(Verve)を購入、というか、またもや散財…。

帰宅したら、ソニー・クリスのことなどスッカリ忘れて、「今、俺の中の気分は80年代なんだ、熱いぜ」とワケの分からないことを女房にぬかして、ピンクレディの「ジパング」、BOOWYの「ランナウェイ・トレイン」、佐野元春の「Sugar Time」、大沢誉志幸の「まずいリズムでベルが鳴る」、とんねるずの「Shikato」、YMOの「マッド・ピエロ」、中森明菜の「サザン・ウインド」、シーナ&ザ・ロケッツの「オー・スージーQ」、チェッカーズの「ギザギザハートの子守歌」、ザ・モッズの「バラッドをお前に」、RCサクセションの「打破」、渡辺美里の「ティーンエイジ・ウォーク」、森高千里バージョンの「夜の煙突」、坂本龍一の「フロント・ライン」、戸川純の「図形の恋」、飯島真理の「シークレット・タイム」、リンドバーグの「今すぐkiss me」、今井美樹の「幸せになりたい」、斉藤由貴の「あおぞらのかけら」、本田美奈子の「キャンセル」、菊地桃子の「テラ戦士・サイボーイ」、松任谷由美の「ホリデイ・イン・アカプルコ」、麗美バージョンの「ノー・サイド」、池田幸司の「Gray~僕と彼女の冬の日に」、稲垣潤一の「振り向いた時そこに見える階段を数えたことがあるだろうか」、高橋幸宏の「イッツ・ゴナ・ワーク・アウト」、原田知世の「カトレアホテルは雨でした」、矢野顕子の「ホワッツ・ゴット・イン・ユア・アイズ」、ノーバディの「レストレス・ハート」などを立て続けにかけまくり、息子と一緒に踊ったりベースを弾いたり、シンバルやパーカッションを連打して楽しい夜のひとときを過ごした(嗚呼、馬鹿)。

10/2(tue)

遅い夏休みを取って石垣島旅行から帰ってきたY氏から、お土産に『ザ・ラフ・ガイド・トゥ・ザ・ミュージック・オブ・オキナワ』という沖縄の様々な音楽がゴチャマゼに入っているコンピレーションCDを貰う。

カントリー・ブルースを彷彿させる素朴で力強い三線の弾き語りから、クラブ仕様のデジタル・アンビエントっぽい島唄まで、様々なスタイルの沖縄ソング18曲がてんこ盛りで、歌われている歌詞の意味はほとんど分からないにせよ、どの曲の歌声も綺麗で力強く、泣けるほどに心に染みてきた。

今日は珍しく、飲み無し。

10/3(wed)

先日買ったソニー・クリスのCDの半分を聴く。

本日も飲み無し。

北影雄幸『《山本周五郎の世界》武士道に殉ず 士道編・婦道編』読了。

10/4(thu)

不況、不況はといっても、このギョーカイにおいては世間を覆っている沈鬱として鬱屈とした「気分」と照らし合わせてみると、その人の能力や才能と比すと破格というか、法外な収入を得ている「カタギな」人たちも中にはいるわけで、たとえば某テレビ局の社員なんかは、私と同じ年齢で年収が一千数百万だったりするところもあったりで、だからというわけでもないが、40や50を過ぎても未だ独身一人暮らしで、1ヶ月の家賃が10数万から20数万のマンションに一人で住み、銀座や六本木の飲み屋で、ちょっと可愛い女の子がいると、チョッカイを出して楽しんだり、「何が欲しいの?欲しいのがあればいってネ」とか、「俺のマンションに一緒に住まない?」などといったオヤジ的殺し文句と、醸し出す「ギョーカイ・フレバー」をブレンドさせれば、時にはアタマと下半身の緩い女が引っかかってくれることもあったりするわけで、それに味をしめて得意がっているワケのわからないオヤジは百鬼夜行的にテレビ、代理店関係には意外と多く、そういうワケわからんオヤジの粘着質的口説き攻勢を、クールな顔でサラリとかわすことが得意な上に、逆にそういうオヤジ連中を結局は仕事で自分の都合のいいよう動かし、コントロールする才に長けている美人OLにして25歳の人妻Σ嬢と六本木で飲み。

というか、店のカウンターで、二人で酒をしんみりと楽しみながら飲んでいても、突然、前述した類のギョーカイオヤジが「職業、なんですか?女優さんですよね?」といったような、ベタで恥ずかしい挨拶文句でハエのように彼女に群がってくるんだよなぁ、すごく鬱陶しいが、この年になって、妻子ある身が、喧嘩沙汰のトラブルを起こして店の中で立ち回るのも馬鹿げているので(酒の席での喧嘩なら自信はあるのだが)、目線だけはオヤジから目を逸らさず、ふざけた物言いで、遠回しにチクチクとオヤジが周囲から失笑を買うような言葉のジャブの応酬でなんとか遠ざけ、結局オヤジとその部下2人はおどけながら店を去ってくれたので一安心だが、ドアを開けて店を去るときの私にくれた一瞥が、言葉に翻訳すると「この若造が、いい気になりやがって」といった眼差しだったので、私も「情けないエロ中年、かくも哀し」という念を込めた視線を彼に送り返しておいた。

自腹をきってプライベートで飲む以上は、楽しく、気持ち良く飲みたいし、私は美人や、可愛い子や、頭の回転の早い子や、アドリブが効いてキチンと「会話」の出来る女性が本当に大好きだから、そういう女性と飲む方が、より一層楽しく気持ちよい気分になれることは言うに及ばず、さいわい、そんなワタクシゴトキと一緒に飲んでくれる心の優しい美人や可愛い子が少数ながらもいてくれることが、生きていて楽しい理由の一つなのだが(大袈裟)、それでも、酔っぱらいオヤジが来るような店で飲むときは、店の中で目を惹くような女性を連れていると、時々ヤッカミとカラミが突然身に降りかかることもあるわけで、それらのヤッカミを「剛」ではなくて「柔」な姿勢で軽くサラリとかわして、自分も相手も周囲も傷つけないようなスマートな身のこなしを身につけ、洗練させてゆきたいものだ。

10/5(fri)

マッサージ屋さんで、腰のマッサージを30分。

紙のすみっこで、左手の中指をサクッ!と3センチほど切ってしまい、血がボトボトと面白いほど流れ出し、不思議なことに痛みはまったく感じずに、傷口がスースーと気持ちよかった。

Y嬢と飲み。

10/6(sat)

息子と一緒に終電で高田馬場「イントロ」へ行き、ジャムセッションに参加、始発の電車で帰宅。

夜が更けるとともに、ローになってゆく参加者のテンションとは反比例して、息子はどんどんハイになってゆき、ドラムの4バースになるたびに、「ギャー!」「あちょー!!」などの奇声を発して持参のブラシを振り回し、お客さんからはソフトドリンクを何杯も奢ってもらったり、そのパフォーマンスの一々がお客にウケまくって、店内が奇妙なテンションに包まれた。

知ってはいるけど、演ったことのないバラードを多数演奏、今後の練習の課題にしたいと思う。

10/7(sun)

ここのところ、立て続けにジャズの新刊(特にマイルス関係)が発売されているので、それらを全部まとめて書店で客注した。

息子と女房とシズラーのサラダバイキング。

ハウ・トゥ的なタイトルとは裏腹に、要するにシステムも知らず、金も才能も才覚も情報もないほとんどの人間は、分不相応な夢や野望を描いて痛い目に遭うよりかは、慎ましく、そして堅実に黙々と日々の生活を送ることが実は一番幸せなのだということが逆説的に分かる『青木雄二の速学金儲け道「億万長者になる方法教えたる!」』、『青木雄二の速学世直し道「悪徳日本に翻弄されない知識教えたる!」』読了。

10/8(mon)

キタキ・マユのマキシ・シングル『PLANET'S TEARS+太陽を見て』、『FLOWER』、『Love & Peace』、『ドゥー・ユー・リメンバー・ミー』を立て続けに4枚聴く。

一日が丸ごと自由に使える休日だったので、読書、ベースの練習、部屋の整理、ホームページの改装・更新、メルマガ原稿の執筆、過去の自分のライブ映像の編集、未聴CDすべてに耳を通す作業、部屋の隅で埃をかぶっている映画のサンプル映像のチェック、メールの返事書き、CD棚の整理、本棚から必要無い本の選別などなど、全てを本日中にやってしまおうと思っていたのだが、時間が立つのが詐欺的に早く、特に無駄に時間を費やした時間帯は無いつもりなのだが、気が付くと、やりたいことの半分も終わっていない始末。

ローラン・キュニー・著、中条承平・訳『ギル・エヴァンス 音楽的生涯』読了。

10/9(tue)

ジャズ&オーディオマニアなH氏と、現代ジャズピアノを考える勉強会。

というのは単なる口実で、要するに単なる飲み。

昔から折りに触れて顔を出していた、宮内庁の東宮職の人も自転車でわざわざ昼飯を食いにくるほど魚料理が旨い、某所にある魚料理がメインの小料理屋で飲み、二次会は私が学生時代にアルバイトをしていたジャズ喫茶で飲んでいるうちに、また終電が無くなってしまった。

10/10(wed)

呑み。

徹夜。

朝帰り。

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10/11(thu)

吉野家で朝飯を食べていたら、店にいる客、やってくる客全員のオーダーが牛肉が含まれていない「納豆定食」。

たまたまなのか、朝は納豆定食を頼む客が多いのか、はたまた狂牛病を警戒してのオーダーなのか、分からない。

寺島靖国『JAZZを聴く 五感ときには六感で!』(講談社プラスアルファ文庫)読了。

10/12(fri)

以前レンタル・ビデオ屋で借りて観た、平成版『ウルトラセブン・模造された男』のセブンとキングジョーの格闘シーンがとても秀逸だったので、そのシーンが、観たいときにいつでも観れるように、結局そのDVDを買ってしまった。

女房がこの前買ってきた『アリー・マイ・ラブ(Ally McBeal)』のDVDのボックス・セットから第一話を観る。

NHKの日本語吹き替えヴァージョンよりも、DVDの日本語字幕付きの英語版のほうが、ベターッと重たく、鬱陶しい感じが薄れて観やすい。

10/13(sat)

『平成版ウルトラセブン』の第一段、 「太陽エネルギー作戦」をまだ観てなかったので、DVDを買って観る。

ちょっと前に廃刊にしたメルマガ・『JAZZを聴こう!初心者向けアルバム厳選30枚』のバックナンバーを読みたいという読者からの要望が多いので、「復刻版」を再配信しようと思い立ち、原稿のリニューアルや登録申請など、復刊の下準備に取りかかる。

藤末さくら『ガーリーハイパーズ vol.2』読了。

10/14(sun)

マイルス・デイビスに対して、すでに確立された感もある既成の批評に対して、新説を打ち立てようという姿勢はご立派で結構なことだとは思うが、現代思想やら組織論などを引っ張り出して、なんだか一生懸命に無理して新しい説をひねくり出そうと躍起になっている感の否めない、単なる屁理屈本、田中公一郎 『マイルス・デイビス 神話の検証』読了。

たしかにマイルスは「音色」に強いコダワリを持っていたし、実際、私もHPに「お絵かきラッパ~マイルス・デイビス」というエッセイも書いているほどだが、だからといって、彼の音色へのコダワリが、「声の喪失」から来ていると記すのは、ちょっと飛躍しすぎではないかと思うし、「声(voice)の探求が和声(voice)の探求になってゆく」なんて解釈は、これって「シャレのつもり?」としか言いようがないほど開いた口が塞がらず(なんで声を失った人が、それを理由に和音を探求するんダ?)、“ミュート(消音器)を使うことで、自分の「ミュート状態」=声の損傷に対処しようとしていた” なんてクダリは、コジツケ臭すぎで、もう阿呆を通り越して、絶対にウケ狙いのギャグを書いているに違いないと思った。

昼飯に作った焼飯が我ながら上出来だったり、息子の4歳年上の友達が家に遊びにきたので一緒に遊んであげたり、息子を連れて書店に注文していた本を取りに行ったり、イタ飯屋でワインを呑みながら読書をしたり、メルマガの原稿のストックを書いたり、CDの整理をしたり、マイルスのCDを立て続けに聴いていたりしているうちに一日が終わってしまった(早いぞ、時間!)。

10/15(mon)

飲み・徹夜・朝帰り。

中山康樹『マイルス・デイヴィス完全入門 ジャズのすべてがここにある』(ベスト新書)読了。

やっぱり、この人の文章は面白い。

10/16(tue)

「手もみん」で、背中と腰を揉んでもらいリフレッシュ。

会社の部署で、近所のホテルのイタ飯屋で食事会、そして今日はちゃんと家で寝た。

梨木香歩『西の魔女が死んだ』(新潮文庫)読了。

10/17(wed)

黒人公民権運動の闘士というイメージが強く、60年代になると、音楽の中にも「プロテスト」の要素をダイレクトに盛り込んでいったので、演奏の素晴らしさ以前に、音楽にまとわりついて離れない、ある種の強烈な「空気」が、ときとして聴いていると非常に重苦しく、鬱陶しくすら感じてしまうマックス・ローチの奥さんなだけあって、アビー・リンカーンの『ストレート・アヘッド』や、旦那のリーダー作『ウイ・インシスト』の歌声は、正直言って聴くのがツライものがあったが、その後しばらく経った後の彼女は、以前の尖ったキンキンと感じられた角が取れて、良い意味で枯れた感じが味わい深くなって、日々愛聴している旨を取引先のデザイン事務所「big boy」の社長に話したら、「ほぉほぉほぉほぉ、やっぱりそう思いますか、このアルバムも角が取れていて、中々良いですよ、是非聴いて下さい」と、アビーの最近のリーダー作『ア・タートルズ・ドリーム』を頂いた。

わーい、わーい。

布団で足を伸ばして寝たい。

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10/18(thu)

渋谷で呑み。

メルマガの読者からの、共感、激励、質問などのメールがここのところ増えてきた。

アシュリー・カーン・著、中山啓子・訳、中山康樹・日本語監修 『カインド・オブ・ブルーの真実』を読了。

10/19(fri)

昼、日比谷のパレスホテルにて、日本新聞協会の新聞広告賞の授賞式(企画部門賞優秀賞)とパーティ。

夜、銀座の帝國ホテルにて、2001年TCC賞の授賞式とパーティ。

気分は嬉しいに決まっているのだが、1日の間に2つの授賞式とパーティのために、ホテルを掛け持ちするとサスガに疲れるが、パーティ終了後は、銀座の寿司屋でちょこっと一人寿司をして、自分にご褒美。

10/20(sat)

息子の保育園の運動会に行き、いくつかの親参加の種目にまで参加してしまった。

その中の一つに「あんぱんまんリレー」というのがあって、子供にあんパンマンの格好をさせて(あんぱんまんの顔のヘルメットを被り、マントをつける)、親と一緒に場内中央に置いてあるバイキンマンの絵が描いてあるダンボールにパンチして、倒し、ゴールまであんぱんまんが飛んでいるポーズを取った子供を親が抱いて走るという競技だが、息子は、そうとうバイキンマンをやっつけたいらしく、他の親と子供が競技しているさなか、場内に乱入して、バイキンマンのダンボールにパンチしまくりで会場を沸かせた。

美容院に髪を切りにいったが、店長に「そういえば、つい最近まで坊主頭だったんですよね」と言われ、そういえばそうだったな、今はそんな面影まったく無し。

10/21(sun)

平成版『智恵子抄』とでもいうべき、竹中直人と中山美穂の『東京日和』をレンタル屋で借りてきて二回観るが、期待していたほどの内容ではなかった。

しかし、映像がどのシーンを切り取ってもすごく綺麗なので、もしDVDが発売されたら「動く写真集」として、我が家の環境ビデオとして流すのも悪くないとも思っている。

女房と息子と近所のイタ飯屋へ行き、鴨肉の赤ワイン煮をメインに、他は一杯食ったので何を喰ったのかあまり覚えてないが、とにかく久しぶりに気持ちよく酔えてご満悦状態。

10/22(mon)

風邪が流行っているらしく、欠勤者や、咳をゴホゴホさせている人が周りに多い。

自分は大丈夫だと思っていたのだが、どうも狭い会議室などで会議をしたときに伝染されたのか、夜になると咳と鼻水が出始め、これはマズイと思い、飲みに行くのをやめて大人しく家に帰り、ご飯と味噌汁と魚をバクバクと食べて、レモネードと薬を飲んでマスクをして床に入り、マイルス・デイビスの《ヒー・ラブド・ヒム・マッドリー》をまったり聴きながらとっとと寝た。

竹田やよい『キレイなだけじゃだめかしら?』、坪田一男『100歳まで生きる!「不老!」の方法』読了。

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10/23(tue)

現在、河出書房新社の文藝別冊の『マイルス・デイヴィス』を読んでいるが、その中の平岡正明の「マイルス・最後の10年」という論文は、全マイルスファン必読の内容だと思う。

仕事、早く終わらせるつもりが、大幅に予定が狂ってしまい、3時間近くも人を待たせてしまった。

Y嬢と六本木で蕎麦。

10/24(wed)

女房&息子とパスタ屋でディナー。

息子、だんだん言葉をハッキリと発音するようになってきたので、驚き。

セシル・テイラーのアルバムの中では、ベスト3に入るぐらい大好きな『アット・ザ・カフェ・モンマルトル』を久々に聴くが、相変わらず素晴らしい演奏で、細分化されたサニー・マレイのドラムと、疾走するセシルのピアノを聴いていると、「音楽の細胞」を顕微鏡で覗いているような錯覚に陥る。

10/25(thu)

新宿の「青龍門」という中華屋で飲み。

遊園地のお化け屋敷のような飲み屋で、店に入るときも、ドア越しに現れるカラクリ人形とやり取りをしなけりゃいけないし、食事は檻の中、時報として店内が暗くなって、照明がチカチカしてSFチックなSEが流れたりと、何かと忙しい店だが、中華料理は安くてウマイ。

で、ほぼ徹夜。

10/26(fri)

箱崎のロイヤル・パーク・ホテルの最上階のバーでY嬢と飲み。

趣味の良いピアノとベースのデュオ(後にヴォーカルが参加)、夜景、上質の酒を味わいながら。

10代の頃から、なけなしのお金をはたいて、このような場所に時々足を運んではいたのだが、小僧が背伸びをしている感じは否めず、最近になってようやく、このような場所の似合う年齢と中身になってきたような感じがする。

10/27(sat)

先日いただいた、スタン・ゲッツの『アニヴァーサリー!』という晩年のライブ盤を聴きながら、メルマガのラフ文章をつらつらと書いていたが、ゲッツの淀みのない流れるようなウォームなテナーに耳が吸い付いてしまい、執筆が捗らなかった。

息子とおもちゃ屋へ行き、プラレールの増設用レールと、走っている電車をレバー操作で止めることが出来る「信号所」を買ってあげる。

河出書房新社のKAWADE夢ムック『別冊文藝・没後10年 マイルス・デイビス 未来の音楽のための巨人』読了。

10/28(sun)

先日、レンタル屋で借りてきた韓国映画『シュリ』を観る。

妙に疲れていて、珍しく今日は一日中家の中、一歩も外に出なかった。

まぁ、こういう日もあるさ。

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感想⇒こちら

10/29(mon)

子供の頃の私は、父の仕事の関係で、名古屋、大阪を2箇所、東京の下町と、4つの小学校を転々とした、いわゆる転校生だったのだが、小学校4年の10月から卒業するまでに通った東京の下町の小学校の2年と数ヶ月は、一つとして良い思い出がなく、別にイジメられたり仲間外れにされていたわけでは無いのだが、小学校ではクラスメートや教師どもとはそりが合わず、通っていた塾は殺伐として友達が一人も出来ず、住んでいた周りの環境も妙に寂れている上に、息が詰まるほどの閉塞された空間だったので、自分を取り巻く周囲の環境が大嫌いだったためか、今でもその時のドンヨリした陰鬱で暗澹とした風景は、しばしば私の夢の中にあらわれ、必死に脱出しようともがくのだが、結局脱出はかなわないまま絶望的な気持ちになり、汗をグッショリとかいた状態で眼が覚め、夢だったことに心底安堵するといったことを、かれこれ20年近くも繰り返していたので、いい加減、拭い切れない過去の呪縛から解放されなきゃイカンと思って、今日は会社を早めに切り上げ(といっても9時近くだが)、いくつかの地下鉄と私鉄を乗り継いで、実に20年ぶりに、小学校の4、5、6年生の時期を過ごした問題の土地へ向かった。

鄙びた駅前も、活気の無い商店街も、閑散として人が一人も歩いていない不気味な静けさの漂う古い住宅街(何故か電気がついている家があまりない)も、小学校のクラスメートの家々も、そして20年前に引っ越した私たちが住んでいた家も、何ひとつ変わっていず、ただ20年もの時間の埃だけがうっすらと溜まって、少しだけくたびれているだけだった。

夢で感じる不快感は、あくまで夢の中だけで感じるものだが、現実の風景の中に身を置くと、夢と記憶の中の不快感がいっそう増幅された状態になり、「今、オレは本当に“此処”にいるのだろうか?」「オレだけが本当で、周囲の風景は夢の中に出てくる20年前の記憶の中の再生なんじゃないのか?」と考えているうちに、全身に悪寒が走り、背中にべっとりと冷や汗が滲み出てきて、両耳の奥で耳鳴りがし、足がだんだんと痺れはじめ、頬はこわばって引き攣りはじめ、普段は縁の無い頭痛までが襲ってきたのだが、それでも頑張って、隣の駅まで延々と歩き、駅前で転がりこむようにタクシーに乗って逃げるように帰宅したのだが、20年前の風景と忌まわしい記憶に対して復讐するつもりが、逆に復讐された形となってしまった。

10/30(tue)

渋谷の「味源」で、麺が2玉が入った「でっかいどうラーメン」の大盛り、2.5人前の500gラーメンをスープ完飲みで平らげた後、タワーレコードへ行き、前々から欲しいとチェックをしていた澤野工房のウォルター・デイヴィス、ピエール・ミッシェロ、ケニー・クラークという、渋くて涎が出そうなほどオイシソウな組み合わせのピアノトリオと、華麗なテクニックで《ジャイアント・ステップス》、《ソーラー》、《アイ・リメンバー・クリフォード》、「ホット・ハウス》といった、私が大好きなナンバーを演奏しているので、学生時代から頻繁にジャズ喫茶でリクエストをして聴いていたにもかかわらず、CDショップでは中々お目にかかれなかったテテ・モントリューの『テテ!』(Steeple Chase)を購入し、大変に幸せな気分。

その後、バーへ行き、同行してくれた女性に、昨日の奇妙な体験のことを話したら少しは気分が楽になったのだが、私が昨日感じた妙な感触って、昨日から日記に書いたり、会話のネタにしたりと、具体的に言語化する作業をしているので、それが「憑き物落とし」になってくれれば良いのだが、反対に自分自身にかけている、「呪縛」と「呪い」のようなものを、より一層強固にしている感じもしなくはないので、それがちょっと怖くもあるし、再び悪夢にうなされる日がやって来るのかと思うと、ちょっとウンザリだ。

小野清美『アンネナプキンの社会史』読了。

10/31(wed)

スーパーで巨大なぼた餅が安く売られていたので、家族で喰いまくる。

たまに食べると、うまい、うまい、特に息子はバクバクと喰いまくり、保育園での昼飯はおかわり3杯、帰り際にパンを2個、夕飯を喰ったあと、私が帰宅したら、さらに私と一緒に飯を喰い、さらにそのあと、ぼた餅をほとんど丸一個分平らげるという大食いは、私の遺伝なのか?

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少し疲れていたので、早めに床につく。

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