大阪日帰り椎名林檎バンドオフ会 2001/12/01

朝8時に起床し、8時10分に息子を起こし着替えさせ、8時15分頃までに速攻で準備を整え、8時17分頃に息子を連れて家を出て、8時20分にコンビニでおにぎりとパンを買い、8時25分に電車に乗るのが面倒臭くなったのでタクシーを拾って東京駅へ行き、みどりの窓口で新大阪に一番早く着く新幹線を尋ねたら、9時発の「のぞみ」だそうなので、急いで切符を買い、ベースと息子を抱えて階段を駆け上がり、ギリギリのタイミングで新幹線に乗り込み、一息ついたところで、おにぎりとパンを息子と半分ずつ食べ、うたた寝しているうちに名古屋を過ぎ、トイレで席に立って洗面所に並んでいたら、近くの座席の人がやってきて、「お子さん吐いちゃったんですけど」と言われたので、急いで座席に戻ってみると、乗り物酔いのためか、息子が大量のゲロを座席中にぶちまけていて、しかもそれが並大抵の量ではなく、息子の洋服は拭いても匂いと色が落ちないだろうと判断してゴミ箱に捨ててしまい、ズボンと本などの荷物についたゲロをティッシュで拭き取り、さらに座席と床に堆積しているゲロを丁寧に拭き取っているうちに京都を過ぎ、結局新大阪に到着するまでゲロ処理に明け暮れることとなってしまった。

新大阪からJRで大阪へ移動し、息子の新しい服を買うために「大丸」に寄り、8Fにある子供服のコーナーを覗くと、さきほど車内で捨てたような服が、どの店でも最低5800円からなので、うひゃ~さすが百貨店だぁと、その高さに驚き、かといって他の店を回る時間も無く、また息子のジャンパーの下をいつまでもランニング一枚にしておくわけにもいかないので、結局、生地が薄めの4800円の長袖のシャツを買ってその場で着せ、地下鉄御堂筋線に乗ろうと地下道を移動していたら、印刷所の営業マンから半泣きの電話がかかってきて、系列会社の担当の女性が原稿を戻してくれず、しかも連絡してもつかまらないので、月曜日発売のファッション誌の印刷がストップしてしまい、どーしましょう、とのことなので、そんなんオレに電話されても困るのだが、急いで担当している彼女の上司に連絡をして手配を済ませ、地下鉄に乗り本町に移動し、「スタジオK」という場所を電話で尋ねながら歩いていたら、いつのまにか「K」という看板の出ている倉庫のようなビルの前に到着、中に入ろうとしたら背後から「雲さんですね!?」という声がしたので振り返ると、アップライトとエレキのベースの両方を重そうに抱えている「ハニィの茶畑」というサイトの管理人・821氏が立っていて、一緒に「椎名林檎関西バンド・オフ会」が催されるスタジオへ向かい、開始予定時間より30分ほど遅れてスタジオに着いたにも拘わらず、まだイベントは始まっていず、なんとなくノンビリとした雰囲気のイベントなのだなぁ(悪く言えば、段取りが非常にルーズ、かつ、行き当たりバッタリ)とは思ったものの、まぁ主催者にも主催者なりの考えがあるのだろうし、こちらのコミュニティには、こちらのコミュニティなりのノリや雰囲気のようなものもあるのだろうから、新参者の私が、そこでいちいち目くじらを立ててもしょうがないし、決してムカついているわけでもなし、まだまだ時間はたっぷりあるのでノンビリと構えていたが、父親に“似ずに”女好きの息子は、早速、会場のヴォーカルの女性たちに色目を使いまくって可愛がられていたので、それはそれで退屈をせずに嬉しそうで良かったのだが、バンオフ自体では私自身はほとんどベースを弾く出番が無く、まぁそれは参加表明&曲目エントリーをしたのが直前だったたからしょうがないので、主催者の采配っぷりに文句を言う筋合いは全く無いのだが、ベース担いで大阪くんだりまで出向いたわりにはなぁ、などと思っていたら、嬉しいことに、私が「椎名林檎バンドオフ会」に参加するために大阪に来ているということを知ったスーパードラマーが神戸から、そして京都からは、自称ヴォーカリストの女性が会場に駆けつけてくれたので、バンオフ終了後は、同じスタジオで2時間弱ほど「ヴォーカル+ベース+ドラム」のセッションをすることが出来たので、まぁベースを抱えて関西まで行った甲斐はあったかな。

本当は、彼らと酒を呑みながら色々とお話したいことがあったのだが、時間が時間なので、急いで新大阪までタクシーで移動し、9時過ぎの「のぞみ」に乗って、駅弁とビール(息子はお茶)で遅い夕食を取り、東京には11時半過ぎに到着、息子は新幹線が大好きなので、ホームに停車している色々なタイプの新幹線を見せて回ったり、新幹線と一緒に記念写真を撮ってあげたりしているうちに、電車が無くなりそうな時間になってきたので、慌ててホームを降り、終電にて帰宅するが、再び腹が減ってきたので、吉野家で牛丼弁当を買ってきて、ビールとともに夜食。

三文日記

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