カフェ・モンマルトル

高野雲の雑記帳。音楽・映画・読書・模型。

雑想 2019年6月

      2022/06/20

うまい棒 シュガーラスク味

息子が友人からもらってきた「うまい棒」がキッチンの紙袋の中に大量にはいっている。
その中に私が子どもの頃にはなかった「シュガーラスク」味というものがあった。
食べてみたが、うーん「うまい棒」!

「うまい棒」の原価は7~9円だそうで、化粧品の原価と比較すれば(乳液2~3円、クリームで5~20円、口紅5~10円、ファンデーションで20~30円)めちゃくちゃ利益率の低い商品でありながらも、昔ながらの定価10円をキープしていることは凄いことだと思う。

この姿勢を貫く、製造元さんと販売元さんに敬意を表して、今後、お菓子は、コンビニやスーパーでポテチやおせんべいは買わずに、うまい棒を大量に大人買いしてストックしておくようにしようかな。

蕎麦

ラーメン、パスタ、うどん等々、昔から麺類は好きだったんだけど、40歳を超えたあたりからは、ダントツに麺類では蕎麦が好きにな身体になってしまった。

連動して、かけ蕎麦よりももり蕎麦のほうが美味いと感じられるようになってきた。

体質とともに食べ物や酒の好みって変わるのだということは、昔から目上の人にはよく言われていたものだが、実際、自分自身の体質にともなう味の好みの変化を自覚した最初の食べ物が蕎麦だった。

蕎麦は毎日食べても飽きないねぇ。

グリーン・リーヴズ・オブ・サマー ハンプトン・ホーズ

わかるぜ、ホーズ。
この曲大好きなんだろ?

思わずスピーカーに向かって語りたくなってしまうような演奏だ。

ハンプトン・ホーズ(ホース)の《グリーン・リーヴズ・オブ・サマー》。
おそらく映画『アラモの砦』を観て、この曲が好きになったんだろうね。

とにかく、テンポを変えたり、リズムを入れたり、ソロで弾いたりと、曲のことを好きで好きで仕方がないからこその、多様なアプローチ。

まるで子どもが着せ替え人形に色々な服を取っ替え引っ替え着せて遊びたいように、ハンプトン・ホーズも、ピアノに向かって、この曲の旋律を慈しむかの如く、さまざまなアプローチで愛でているのだ。

松坂比呂さんのこと

私は文章のトレーニングをしたことがない。

ただ、その中で、唯一、私がトレーニングらしきことをしたのが小学校6年生の時の「書写」だ。

通っていた塾の国語の先生から「塾の国語の教科書の文章を書写しなさい」と言われていたので、1日15分~20分ほど書写をしていたことがあるのだ。

3日坊主な私にしては珍しく2~3か月は続いたと思う。
というより、毎週、その先生のところに書写したノートを見せにいかなければならなかったので、仕方なく続けていたというのが本当のところろなのだが。

ただ、そのような義務感もあったが、鉛筆を持つ手を動かすという行為よりも、鉛筆を動かして文章を書き写す行為から生じる「遅い速度で文章を味わう」ことが楽しくなってきたことが1ヵ月以上も続けることが出来た大きな理由だと思っている。

その時の書写の題材となったテキストは、なだいなだの『心の底をのぞいたら』や、北杜夫の『どくとるマンボウ昆虫記』、庄野潤三の『ザボンの花』などだった。

これらの文章をじっくりとゆっくりと書き写すことが、少しだけ楽しかったのだ。少なくとも算数や理科の問題を解くよりは。

もしかしたら、この行為を通して、彼ら作家の文体や思考パターンが細胞内の奥深くにインストールされているのかもしれない。

これが私が行った唯一といっても良いほどの「文章トレーニング」だ。

あとは、文章を書くことが「好き」、なのではなく「苦にならなかった」ため、なんとなく、公私ともにダラダラと文章と接し続ける日々を送りつづけている。

日々、駄文を書き散らかしている私ではあるが、私の文章に関して「良い」と言われた記憶はほとんどないが、逆に「駄目だ」といわれた記憶もほとんどない(忘れっぽいだけなのかもしれないが)。

ただ、唯一、文章の指導らしきことを受けたことがある。

「指導」というほど大それたことではないかもしれないが、それは雑誌『ジャズ批評』の編集長だった頃の故・松坂比呂さんからの一言だった。

何の原稿か忘れたが、編集部に入稿した後、松坂さんからメールの返信が返ってきた。

「(あなたの文章の)冗長なところは削りました。文章では言いたいことのすべてを言ってはいけません」

この一言。
というか、一行。

たったこれだけのワンフレーズ。
効きましたね。

この短い一言には、私の能天気でお調子者でいい加減な性格と、それが文章に滲み出ていることはすべてお見通しだぞという松坂さんの想いが込められている気がした。

ガツーンときましたね。

以後、できるだけ無駄なことを書かないようにして、
………いませんね(汗)。
何も学んでいないじゃないか(汗)。

ただ、いつも頭の隅には松坂さんの「あの一言」が鎮座しており、書いた文章を見直し、時には半分以上の分量のテキストを容赦なく削ることに躊躇することはなくなったと思う。

少しは成長した、と思いたい。

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