まるでピカレスク小説のような『女帝 小池百合子』2020/06/24

石井妙子『女帝 小池百合子』(文藝春秋)読了。

もちろんノンフィクション作品ではあるが、読めば読むほど、まるで映画やドラマの原作になるピカレスク小説を読んでいるかのような錯覚にも陥り、小説であれば松本清張の『黒革の手帳』、漫画であれば柳沢きみおの『青き炎』の主人公を想起させる「主人公」の生きざま、のし上がり方は、さながら事実は小説よりもなんとやら、ではある(なにしろ大臣、知事にまでなってしまうのだから壮大なスケールの「物語」といえる)。

そして、このような主人公には、だいたい「破滅」というエンディングが待っているのだが、それはあくまで読者の溜飲を下げるための作品としてのオチであり、フィクションの書き手としての良心でもあるのかもしれないが、現実世界では必ずしもそうなるとは限らず、もしかしたら、この本の「主人公」は、勝ち誇りの高笑いをしたまま「物語」は続くという、巻き添えをくった人々や関係者からしてみれば、ウンザリな現実がまだまだ続くのかもしれない。

ピカレスク(Picaresque)
ピカレスクの語源はマテオ・アレマンの『ピカロ:グスマン・デ・アルファラーチェの生涯』の「ピカロ」から。
「悪者」と訳されるが、単なる悪い人ではなく、この小説の主人公グスマンのように、
出生に含みのある表現がある(ユダヤ系や娼婦の子であることを暗喩しているものが多い)
社会的には嫌われ者である(が、カトリック的には慈悲を施すべき対象)、食べる(生きる)ために罪を犯したり、いたずらをしたりするというような特徴を持った者のことをピカロという。  『世界大百科事典』より

>>女帝 小池百合子 2020-06-12

三文日記

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