モダン・アート/アート・ペッパー

   

※ここで紹介するアルバムは、輸入盤CDの『モダン・アート』なので、収録曲、曲数、曲順はレコードとは違います。御了承ください。

聴き過ぎは身体に毒な《サマー・タイム》

好きな曲には違いないんだけど、1年、あるいは2年に1回ぐらいの頻度で聴ければいいやという曲がいくつかある。

マル・ウォルドロンとジャッキー・マクリーンの《レフト・アローン》や、アート・ブレイキーの《モーニン》なんかがその筆頭格だが、アート・ペッパーの《サマー・タイム》もその部類に入る。

この《サマー・タイム》。

聴きすぎは、心にも身体にも毒だ。

いや、演奏が悪いから毒だと言っているのではなく、むしろその逆で、演奏は素晴らしいのだが、むやみやたらにこの曲を聴きすぎると、精神や魂までが骨抜きにされて、惚けた無気力状態になってしまいそうで怖いのだ。

あまり月に見とれすぎていると、月にいる「桂男」という妖怪が動きだし、寿命が縮まってしまうという話があるが(水木しげる『妖怪辞典』より)、まさにアート・ペッパーの《サマー・タイム》は、この美しさと、蠱惑的で甘美な毒に浸ってばかりいると、心も魂も奪われてしまうような錯覚に陥り、怖いのだ。

しかし、この盤の幻想的で儚い《サマー・タイム》は、確実に名演だし、そんな縁起でもないことを思っているのは、きっと私だけだと思うので、聴いたことの無い方は是非耳を通してみてください。

後半の咆哮「びぎゃぁ~!」に痺れれば、《サマー・タイム》中毒の可能性アリ。

しかし、他の曲はその限りではないし、《サマー・タイム》とはまた違った意味で素晴らしい曲が並んでいるアルバムでもある。

アルバム全体がクールにピリッとまとまっていて、同時期のペッパーのプレイと比較すると、ほんとうに微妙なニュアンスの違いだけなのだが、ちょっと緊張感の漂う演奏となっている。

この時期のペッパーのアルトは、何しろニュアンスが最高なのだ。

全体的に、「ふわっ」と軽やかなサウンドなのだが、この軽妙さの中に、時折見え隠れする哀愁感。これがたまらない。

適度な(そう、本当に適度な)湿り気のある音色と節回しが最高だ。

たとえば、《サヴォイでストンプ》といった、ゴージャスに演奏すればするほど、楽しくハッピーな気分になれそうな曲も、ペッパーのアルトは、ほんのりと上品なニュアンスで演奏されていて、これがまた非常にこの曲とよく合うのだ。

賑やかな演奏が似合うと思っていたこの曲、ペッパーのちょっと寂しげな演奏を聴いた時は、目からウロコが落ちた気分だった。

どの演奏も良いのだが、個人的には《ブルース・イン》と《ブルース・アウト》を愛聴している。

両曲とも、ペッパーのアルトと、ベン・タッカーのベースによるデュオだ。
両方とも、ブルース・フィーリングに満ちているにもかかわらず、ベタベタした感じは皆無だ。

《ブルース・イン》は比較的あっさりとした演奏(でも、正しくブルースだ)。

しかし、淡々とした演奏の中にも、ふとこぼれる溜息や、息遣いが感じられるようなアルト・サックス。そして、微妙なタイミングやニュアンスの変化を聴き取れるようになってくると、この何気ない演奏に病みつきになってしまう。

《ブルース・アウト》は、《ブルース・イン》と比較すると構成がちょっと不安定な感じもするが、その分、ペッパーの本音というか、揺れ動く感情がそのまま音として出てきたような感じもし、生々しい感触がある。

私は、ベースを弾いていることもあって、どうしても、ベン・タッカーのちょっと粘るベースのビートにも耳が吸い寄せられてしまう。

私は、最初からCDでこのアルバムに接していたので、レコード時代のことはよく分からないのだが、レコードでは《ブルース・イン》で始まり、《ブルース・アウト》で終わる構成だったのだそうだ。なかなか洒落た編集だ。

たしかに、レコードには入っていないテイクが、CDにはたくさん盛り込まれているので、お得といえばお得な気もするが、アルバム全体のトーンの統一感が欠ける気もするし……。

特に、《サマー・タイム》は名演だが、アルバムの流れから判断すると、かなり異色だ。

しかし、かといって、レコードの編集だと、例の「サマー・タイム」が入らない編集になってしまうので、一概にどちらが良いとはなかなか言えないものがある。

ちなみに、未発表だった《サマー・タイム》が日の目を見たのが、初CD化された'87年だというから、随分と長い間お蔵入りになっていたのだと思う。

これは、聞きかじりだが、このアルバムは、最初はウエスト・コーストのマイナーレーベル「イントロ」に録音された。

内容の良さと希少価値の影響で、一時期は数十万の値段がついたこともあるそうで。

しかし、今では、版権が「ブルーノート」に移ったので、普通の値段で購入することが出来るようになった。

…のだそうだ。
レーベル名を(Intro→Blue Note)と表記したのは、そのためですね。

単純に一番よく聴いたから、という理由もあるが、ペッパーのアルバムの中では一番愛着のあるアルバムだ。

もちろん、もう一枚の代表作『ミーツ・ザ・リズム・セクション』も、好きなアルバムの中の一枚だが(なにせバックがマイルスのリズムセクションだしね!)、ペッパーとリズム陣の相性や、選曲、そしてペッパーの「歌い方」とニュアンスのつけ方は、こちらの『モダン・アート』のほうが、数段バランスが良いと思っている。

もっとも、『ミーツ・ザ・リズム・セクション』では、躍動感のある演奏を楽しめるので、こちらのアルバムも捨てがたい魅力があることは確かなのだが……。

記:2002/04/12

album data

MODERN ART (Intro→Blue Note)
- Art Pepper

1.Blues In
2.Bewitched,Bothered And Bewildered
3.Stompin' At The Savoy
4.What Is This Thing Called Love
5.Blues Out
6.When You're Smiling
7.Cool Bunny
8.Diane's Dilemma
9.Diane's Dilemma (alternate take)
10.Summertime
11.Fascinating Rhythm (alternate take)
12.Begin The Begin (alternate take)
13.Web City (alternate take)

Art Pepper (as)
Russ Freeman (p) #1-10
Carl Perkins (p) #11-13
Ben Tucker (b)
Chuck Flores (ds)

track 1-5
1956/12/28
track 6-10
1957/01/14

track 11-13
1957/04/01

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