雑想 2005年4月

2022-03-21

遠く右端にポツリとクレーン、4月の空

お出かけしたくなるような4月の空。

右端のクレーンが今日は外出日和だよと誘っているかのよう。

ポツンとたたずむ遠くのクレーン。

もうすぐ5月。
だけどまだ4月の下旬。

その日、朝から晩めまぐるしく動き回っている合間に、目の端が捉えたクレーン。
ふと数秒、仕事モードからクレーンモードへ。

戦闘モードの心が、ふと洗われ、クリアな気分に。

それもこれも空がきれいだったから。
クレーンが空に映えていたから。

やっぱり好きです、クレーン大好き。

高島平のガスタンク

間抜けなことに、呑みすぎて、帰りのタクシーの中に携帯電話を忘れてしまった。

翌日、受け取りに行った場所は高島平。

はじめて行った場所。結構、遠いね。

都営三田線で、神保町からいくつ駅があるんだろう?

いいかげん、まだかなぁと思っていたら、ようやく到着。

桜の咲く道をのーんびりと歩いていたら、急遽出現、ガスタンク。

gas

ははぁ、これねぇと思いましたですよ。

松尾スズキ主演の『イン・ザ・プール』に、チラっと登場する場所。

市川美和子を乗せたタクシー、フロントガラスごしからこのタンクを見た運転手があることを呟くシーンがあるのだけれども、私の場合も、まさにタクシーの中から、彼らの見たタンクと同じ光景を同じアングルで見れたので、なんか面白かった。

クレーン、鉄塔、煙突など、直線的な造形が好きな私だが、このような曲線で巨大な物体が、「にゅ~」と現われ、「にゅ~」とした存在感を放っている姿を見るのも悪くないと思った。

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二度と行かない店リスト

いつの頃からか、「二度と行かない店リスト」をつけるようになった。

駅の立ち食い蕎麦から、ホテルのレストラン、飲み屋からファーストフードまで、これまで私が食事をした飲食屋の中で、「これはアカン」と思った店のリストだ。

「これはアカン」の基準は簡単で、マズイ・不愉快・なんじゃこりゃ のうちのいずれか、あるいはすべてに合致する店がこのリストには記されることになる。

リストに記録される要素は3つ。

店名・種別・理由
という3項目だ。

たとえば、

●雲月亭/日本蕎麦屋/店長のウンチクがうるせぇ

●モンマルトル/洋風居酒屋/店員の態度が悪い・BGMの選曲がダサい

といった具合だ。

これを記すことによって生まれるメリットは数多い。

まず、精神衛生上、とても良い。

昔は、マズい飯を食わされると「なんだこの店は、金返しやがれ」と一日中不愉快な気分がぬぐえなかったものだ。

しかし、このリストをつけるようになってからというもの、「ふっ、これでリストのコレクションがまた一つ増えたぜ」とニンマリすることはあっても、腹を立てることはなくなった。

また、二度と行かない店が増えることによって、逆に店の選択肢が増え、新しい店を開拓する楽しみが増えた。

たとえば、A町には10軒の食べ物屋があったとする。

駅前のラーメン屋が「二度と行かない店リスト」に加わったとすると、次にA町を訪問した際は残りの9店を開拓する楽しみがある。

仮に、A町の10軒の店がすべてNGになれば、A町の訪問は昼時や夜は避けるようなスケジューリングを組めば良い。

もし、万が一、どうしてもA町で食事時を迎えざるを得なくなった場合はどうするか。

飯を抜けば良い。

イヤだと思った店の暖簾をくぐる義理も、イヤだと思った店の飯を食う義理も、イヤだと思った店に金を払う義理もないのだ。

なに、一食ぐらい飯を抜いたって死ぬわけではない。

食費だって浮くではないか。

オレ様を不愉快にさせた店にビタ一文払ってやるもんか、アッカンベーなのだ。

このリストが増え、行かない店が増えれば増えるほど、逆に行き着けの店も増えてくる。

行き着けが増えれば、自然、店員にも覚えられ、サービスが良くなる可能性もある。

こうして、自分好みの店、自分だけの居場所を少しずつ増やしていけば、不愉快な思いをする確率が減る。

また、べつに無理して好みの店を増やす必要だって無いわけで、親友と同じく、自分に感覚にフィットし、心休まる店というものは、なかなかめぐり合えないものだと割り切れば、それでいいではないか。

もし、そういう店が一店増えれば、出会いに感謝すれば良い。

興味が湧けば、また新しい店を開拓すれば良い。

なかなか良い店にはめぐり合うことはないが、仮に頭のくるサービスや味にぶつかっても、リストのコレクションが一つ増えると思えば、さりとて不愉快な気分も不愉快なままでは終わらない。

飲み屋などは、客が店員に気に入られようと店に媚びるところもあるが、「どれどれ、この店はオレ様のブラックリストに加わる店か、そうでない店か品定めしてやろう」という気分で臨めば、かえって堂々とした態度が店員に気に入られることもある。

「なんなの、この客は?」という態度を店が見せたら、二度と行かなければ良い。それだけの話。

こういうことを繰り返すうちに、少しずつ、店を見る目が養われてくるようだ。
「あの人と行く店には間違いがない」と思われて損をすることはない。

せっかくお金を払うのだから、気分良い時間を過ごしたいものだ。

大袈裟に言ってしまうと、「二度と行かない店リスト」を作ることは、より良い豊かな人生を過ごすための方法の1つでもあるのだ。

不愉快な思いをする確率が減ると思えば、ちょっとしたメモを、ほんの10秒ほど費やすことぐらい、なんの苦にもならないはずだ。

せっせと旨い店リストを作るよりかは、私にとっては、はるかにこちらのほうがラクだ。

さて、誤解される人が出て来ないよう書いておくが、リストをコレクションをしようと思ってはいけない。

リストのためのリストは作るべからず、ということだ。

人間、どうしても5つとか10とか、20とか数が集まってくると、もっと集めてやろう、増やそう、コレクションしようという心理が働くようだ。

「二度と行かない店リスト」も例に漏れない。

しかし、やたらと記入する店の数を増やそうと思ってはいけない。

最初からイジワルな目でアラ探しをしてしまいがちになるのだ。

そういう目線で店を見ると、店側から嫌われてしまう。

べつに無理して好かれる必要はさらさらないが、だからといって、好き好んで嫌われる仕草をする必要もあるまい。

リストの数が少なければ少ないにこしたことはないのだ。

もちろん、例外はあって、しぶしぶ付き合いで仕方なく嫌な人につれられて退屈な時間を強要されるような場合は、退屈しのぎで、店の隅々を見渡して心のなかで、採点をしたりすれば、ほんの少しだが気はまぎれるし、自分を連れてきた人は、店のどこを気に入ったのかを分析するのも、ささやかながら、退屈しのぎの一助となるだろう。

でも、基本的には減点法で接しすぎてはいけない。

醤油ラーメンがまずくても、もしかしたら味噌ラーメンは旨いかもしれないではないか。

「二度と行かないリスト」に加えるのは、次に味噌ラーメンを喰ってみてからでも遅くはない。そういう「慈悲の心」を持つことだって大事なのだ。

もっとも、店員の態度が悪かったり、死ぬほど醤油ラーメンがまずければ、その必要はない。リストに加えるべし。

ある意味、「二度と行かないリスト」をつける行為というのは、心の中のむかつき心や、悔しい思いを腑におとす行為なのだ。

振り上げて、行き場の無い拳の矛先の収めどころ、それが「二度と行かない店リスト」なのだ。

と、同時に隠れて行う制裁であり、大袈裟に言えば呪いでもあるのだ。

よって、粗探しをすることが目的となってしまわぬよう、くれぐれもリスト作成の意味を間違えないようにしていただきたい。

性格悪い人間になちゃうから。
……もう、なっているか(苦笑)。

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