ジャズ喫茶のイタい客 その1
よく晴れた月曜日の午前中。
そのジャズ喫茶は、よくあるジャズ喫茶のように、地下にあったり、ビルの奥、あるいは蔵を改造して作ったような、要するに陽の光が差し込まないタイプの店ではなく、周囲が大きなガラスに囲まれ、店の前を通る通行人からも、店内の様子がよく見え、それゆえか、ランチタイムになると女性客も多い店だった。
昼休みにOLたちは、紅茶とサンドウィッチのセットで、マスター選りすぐりのジャズを聴きながら充実した休憩時間を過ごすのだ。
そういった意味では、開店したばかりのこの店は、昔からの古色蒼然としたジャズ喫茶のイメージとは一線を画する新しいタイプのカジュアルなジャズ喫茶といえるかもしれない。
とはいえ、さすがに集まる客は、学生時代は“かつてのジャズファン”だった勤め人も多く、ある程度耳の肥えた彼らを満足させるためにも、マスターは腕によりをかけて選曲している。
さて、先述したように、ある晴れた月曜日、気温も湿度も快適、さぁ、今日から始まる一週間、開店一発目は何をかけようか、と思案にくれるマスター。
大好きなビル・エヴァンスのトリオにしようか、それとも、MJQの『ラスト・コンサート』の《朝日のようにさわやかに》も悪くない。
あるいは、先日買ったヨーロピアンジャズの新譜でも試しにならしてみようか。
開店直後は、やっぱりさわやかなジャズ、元気が出るジャズがいいよね。
オーディオ装置に電源を入れ、お湯を沸かし、エプロンをしめながら、マスターはこれから始まるであろう楽しいジャズの一日の始まりを鼻歌まじりに考えていた。
ドアが開き、ネクタイ、スーツ姿の30代男性がはいってきた。
開店直後の本日のお客様第1号だ。
「いらっしゃいませ」
「あのぉ~すいません、リクエストいいですか?」
「いいですよ、何かけましょう?」
そのお客は消え入りそうな小さな声でマスターに囁いた。
「あのぉ~、すいませんがレフト・アローンお願いします」
名盤といえば名盤だが、これほどTPOを問われるアルバムもない……。
記:2009/04/26
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