ジャズ喫茶のイタい客 その2
その客は、閉店1時間前に突然やってきた。
50代半ばの恰幅のいい自営業・社長さんタイプ。
したたかに酔っ払っているらしく、心なしか千鳥足。
ただし、機嫌はよく、「たまにはジャズなんかお洒落に聴くのも悪くないだろ? なぁ、おい?」と、付き添いの30代半ばの部下とおぼしき青年に豪快に語りかけている。
「マスター悪いね、ビールをもらおうか、お前も、同じでいいよな?」
店中に響きわたる大きな声。
痩せて、気の弱そうな付き添いの青年は、ただただ社長殿のいうことにうなずくばかり。
豪快にビールを飲み干し、若者に語りかける。
「カーッ! やっぱりジャズはいいねぇ。 男は酒とジャズだよ。分かるか?」
「俺が若いころは、もっとこういうジャズを流す店がたくさんあったんだけどねぇ。今は少なくなってきているなか、こういう店は貴重だよ! うん! マスター、えらい!」
「うちはべつに骨董品屋さんじゃないんですけどね」と自嘲気味に小さく笑うマスター。
「おう、マスター、ところでリクエストしてもいい? やっぱ、こういう店に入ったらリクエストしないとね、リクエスト」
「何かけましょう?」
「そうだなぁ、コルトレーンかけて、コルトレーン。」
「コルトレーンの、どのアルバムですか?」
「う~ん、そうだなぁ、《レフト・アローン》がいい! コルトレーンがやってる《レフト・アローン》かけてよ。有名なやつあるじゃない」
「あのぉ~、コルトレーンは、《レフト・アローン》演ってないんですけど……」
「そんなバカな! あの有名なコルトレーンが、有名な曲やってないわけがないだろ!?」
「といわれましても……」
「おかしい、バカな、有名な曲だし、コルトレーンだって有名なジャズマンだよ!?それなのに何で演ってないんだ!」
大きい声でブツブツと独り言を繰り返しながら、結局、その男性と部下は、ビール1杯を空けて店を後にしましたとさ。
記:2010/04/27