学習塾・塾長の教え~まずはこれを直そう【個別論】

概論 スケジュール管理

まずはこれを直そう【概論】からの続きです

誤解があるといけないので、【概論】に書いたことをもう一度述べます。
【概論】ではスケジュール管理を例に挙げました。

「日々の生活における、自分に関わる予定の把握・管理」が出来なければ、「学習計画を立てて、その通りに動いたり適宜計画を修正したりする」ことも出来ないだろう、だから、後者を求めるならまず前者を出来るようにしよう、というのが本論の主旨です。

もっとも、スケジュール管理が出来るからと言って、すぐに学習が捗る訳ではありません。この点は注意してください。

「算数が出来る子は100%計算が出来るけれど、計算だけ出来ても算数が出来るとは言わない」のと同じです。(この場合は、算数を出来るようにしたいならまず計算でしょ、という話です。)

個別論

さて個別論に入ります。“モノ”関係から参りましょう。
物の扱いを見るだけで、その子の意識が分かります。

具体例① 教科書やテキストの折り目がしっかりしていない

最初の表紙の折りが甘く、ページが進むにつれて見開きの中央部が見にくくなっていくという、アレです。
そういう本を見るだけで私はイライラします。
「その本をずっと丁寧に使う」、「読む時に自分が困らないようにする」という意識が欠けているので、こういうことが起こる訳です。

テキストに幾ら立派な事が書いてあっても、その内容を自分のものにするんだという気持ちがなければ、正に宝の持ち腐れです。

新品の教科書・テキストを貰ったら、記名の次の行動は「丁寧に表紙を折って開く」。これしかありません。

具体例② 筆箱の中身が色ペン・マーカーだらけ

ノートを取る時に、多少の色使いがあった方が見易いことは確かです。しかし、それぞれの色の意味がしっかり決まっていなかったら、自分でノートを見返した際に、何がポイントなのか良く分からなくなるでしょう。

十何本も色ペンやマーカーを持っていて、その全ての色に意味を持たせながら使い分けることなど出来ないはずです(それが出来る位に器用な頭をしているなら、そんなに色を使わなくても良い訳ですから)。

「何となくキレイだから」というアホな理由で、ペンや色を取り替えるのは時間が勿体無さ過ぎます。例えば、見出しやキーワードは赤、重要解説は青、授業を受けながら出た疑問やコメントには緑で枠囲み。これくらいで充分です。筆箱を「文房具屋さん」にしないように。

ちなみに私の場合は、字を書く時は黒のみ、丸付けだけ赤。大切な部分は字を大きくするという方法を取っていました。これは今も変わりません。何故なら、色は入試で使えないからです。

以前、国語の読解の際に3色ボールペンで線を引く、というのが流行りましたが、入試の現場で筆記具は鉛筆またはシャーペンしか認めない、という場合はどうするのでしょう。困っちゃいますね。だから私は基本、ノートも板書も黒一色。理想は、「黒一色でも見易くする」ことです。流石に数学の図形問題の解説では色を使いますが。

演習問題 テスト

演習問題やテストでは、時たま見慣れない問題が出てきます。入試だったら半分以上が初見の問題だということもザラです。そんな時に、「これは習っていないから出来ない」と発言する(発言はせずともそう思っている)人は、なかなか伸びません。

意識 受身

もっと言えば、この受身の意識こそがその人の伸びを妨げているとまで私は感じています。
不都合が起こった時に、「自分の所為じゃない、仕方が無い」と思っているのがこの発言の真意だからです。

これでは、新しいことを習っても効果は半減です。
挙句、「自分が分からないのは先生や解説や教材や…が悪いからだ」等と言い出し、どんどんエスカレートします。

練習 反復

しかしそもそも、最初は出来ないのが当たり前で、誰もが出来ないから学ぶのです。

新しい問題、解けない問題に出会った時に、「それでも何とかしよう」「もっと力を付けよう」と思うかどうか。
伸びていく人は、この意識が行動となって自然と表に出ます。

また、教える側からすれば、「じゃあ習ったのなら全部出来るんかいな?」という厭味も言いたくなります。そんな生徒は滅多にいません。だから、出来るようになるまで練習するんです。何度も反復するんです。

「習っていないから『出来るようにしたい』」。
これでいきましょう。
こう唱えましょう。

演習問題 テスト

今回挙げるのは、「指摘するのは簡単だが直すのは大変」そうな事柄です。 しかし、出来ている子とそうでない子に分けられることは事実で、正確なデータはありませんが、それらと学習能力や成績にある程度の相関がありそうだ、となれば、直した方が良いでしょう。

共通するのは、「直そうと思ったら本人以外(大人側)が根気強く注意するしかない」という部分です。これは「モノの扱い」と違って、変化が目に見えにくいので、本人も周囲も同じ方向性に向かって、価値観を揃えるようにしていく必要があります。

では参りましょう。

(1)自分の書いた字が自分で読めない

字は綺麗に書くに越したことはありません。
ただ、私や私の周囲を含め、「字の綺麗さ・汚さ」と「勉強の出来・不出来」という事柄の間に相関はなさそうです。頭がいい人の中にも乱筆は結構います。
ポイントは、自分で書いた字が自分で読めるかどうかです。こういう状況であれば即刻注意し、全て書き直しさせてください。

(2)「なくなってしまった」発言

「あの~、先生~、この前もらった紙がなくなってしまったんですけど~」…冗談めかしてではなく、無意識でこういう発言をしてしまう生徒はほぼ間違いなく出来ません。プリントが勝手になくなる訳ないでしょ。
「紙をなくしてしまった」んですよね。
これは、当事者意識、責任感の欠如から来る発言だと私は見ています。勉強するのは自分なんだ、自分でやらねばならないんだ、という自覚の有無がこういう所に表れていそうです。

(3)書ける漢字もひらがなで書いてしまう(漢字を使おうとしない)

学校では「習っていない漢字は書くな!」というアホな指導をする教員もいるようですが…出来る子は皆、「習っていない漢字も書こうとする」傾向があるようです。

確かに、熟語が漢字かな交じりの表記(「学しゅう」とか)だと大人は気持ち悪さを覚えますね。低学年のうちに、これと同じ感覚になった子は伸びやすいのではないでしょうか。

text:山近晃広

飯田橋にある学習塾『誠塾(まことじゅく)』代表。
10年以上の講師経験を元に、教育や学習に関する話をして参ります。
勉強のコツから業界の裏話まで!? 話題は硬軟織り交ぜて。
JAPAN MENSA会員。
●誠塾 http://www.ab.auone-net.jp/~makoto-j/

※当サイトの「ベース馬鹿見参!」に共感いただいた「誠塾」の塾長・山近様よりご寄稿いただきました。

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