カフェモンマルトル

text:高野雲

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沖縄滞在中は読書を忘れていた!

      2017/04/15

okinawaasahi

本を忘れる沖縄

沖縄から東京に帰って、東京のちょっとひんやりした空気に触れて、はっと気がついたこと、それは、
沖縄にいる間、オレ、本読まなかったなぁ

いや、それ以前に、
そもそも、本を読もうという発想すら起きなかったなぁ

ということです。

ご存じの方もいらっしゃるかもしれないけど、私はけっこう本は読むほうだと思っています。
書店でそそる表紙のデザインやタイトルを見ると、中身を見ずに買ってしまうんです。

音楽はなくても生きていけるかもしれないが、文字がないと生きていけない!と豪語していたはずの「活字中毒」の俺が、あれ? なぜ? なんで本を読もうという発想すらおこらなかったのだろう? と東京に戻ってきて2日経って、ようやく我にかえったというわけです。

なぜ沖縄だと忘れるんだろう?

旅行中はリゾート気分だったから本を読まなかったわけではないんです。
むしろ、リゾート中だからこそ、本を読むのが私の性癖といってもいいくらい。

グアム行ったときも、ハワイ行ったときも、ビーチや、ホテルのバルコニーで一日中心地よくページをめくっていました。

もちろん、沖縄に行くときは、デカいトランクの中に5冊ぐらい現地で読むつもりの本を詰め込みました。
機内に持ち込む手荷物のバッグの中にも文庫本を2冊詰め込みました。

それなのに、それなのに、なぜ?

荷物の中に本があるということすら、沖縄滞在中は綺麗に記憶から消し去られていたようです。

それも、今月は2度沖縄を訪問しているにもかかわらず、その2回とも、「読書」の2文字が私の頭の中からは消し去られていたんですね。
これはいったいどういうことだ?

いや、正確にいうと、まったく本に触れなかったわけではありません。

就寝前は、ホテルの近くのコンビニで、マンガ本や、芸能界の噂話本を買って、ベッドの上でポッキーとポテトチップスを食べながらページをめくっていたし、帰りの空港の書店では、「沖縄釣りガイド」なる雑誌を手にとって、「あ、オレが釣ったサカナが載ってるぞー、わははは」と笑いもした。

でも、これらは、「読書」とはいえないよね。
字も乗っている紙を触っただけの話。
活字だけの紙の束は、ついぞ手にとらなかったんです。

最初の滞在時は、ジャズカフェ「スコット・ラファロ」のオーナーと、2日間にわたり店のインテリアやピアノを車で見て回りました。

沖縄には「宮脇書店」という高松に本店がある大きな書店の支店がいくつかあります。車からは宮脇書店の看板が目に入るのだが、そのときに私は何と思っていたかというと、「あ、宮脇書店だ」。
以上(笑)。

そのときの「あ、宮脇書店だ」の心境は、「あ、パチンコ屋だ」と、パチンコ屋の看板を見たときに感じる心境と同じぐらいでした。

私はパチンコをしないし、パチンコにはまったく興味がありません。だから、パチンコ屋の看板が目に入ってきても「あ、パチンコ屋だ」以上のことは感じない。

それと同じぐらい、書店の看板を見ても心が揺れなかったということは、沖縄にいる間は、本当に私の中から知的な欲望やら渇望はなくなってしまっていたのでしょう。

やはり、沖縄の風土のなせる技なのか?!

だって、居心地いいんだもん。
この季節特有の、湿度のない爽やかな風に吹かれているうちに、昼間から泡盛を飲みたくなるし(ビールじゃ物足りない)、昼飯食ったばかりなのに、もう「今日の晩飯なにかなぁ~?」なんてことを考えている(笑)。

それはそれで、気持ちよくて楽しいことではあるんですけど、東京に帰り、いつもの気持ちモードになってから、「いや、居心地いいんじゃなくて、ヤバいぐらい居心地良すぎたんだ」ということに気がついたのですね。

堕落?

沖縄滞在中は、知人から「沖縄に順応しすぎちゃいけないよ。それは、癒しでもロハスでもなく、それは単なる“堕落”なんだからね」と警告されていました

何にでも染まりやすく、何からも影響を受けやすい、子どものように無邪気で、赤ん坊のように純真な(?)私を慮っての忠告だったのでしょうが、沖縄にいる間は「この人、なにいってんだろ?」としか思っていなかったことも、東京に帰って冷たい空気に触れると、彼の言葉がリアリティをもって迫ってきます。

沖縄の居心地の良さは、ある種の麻薬かもしれません。
しかも、タチの悪いことに(?)、悪影響や人体や精神を蝕む「甘い毒」の要素が含まれている。

自覚のないまま、いつしか習慣に、いや環境そのもになってしまうという、決して「悪」ではないのですが、目標や目的やモチベーション次第では足を引っ張りかねないタグイの「毒」なのかもしれません。

この快楽に惹かれ、沖縄に移住した文化人は数多いですね。

たとえば、『噂の真相』の岡留編集長など活字畑の人も沖縄移住組には多いですが、では、その活字畑の文化人たちは、沖縄移住後も、東京にいたときと同じように活字、本に触れているのでしょうか?
東京と同じスタイルを保っていたら、本を読むということを忘れた私からみれば、それはそうとうスゴいことだと感じてしまう。

あるいは、活字から離れるために沖縄に来たのかもしれないが、だとしたらその選択は大正解だと思います。

本を読むからエラくて、本を読まないからエラくないとか、そういった話ではなくて(むしろ私は本を読みすぎる人間はバカだと思っている)、沖縄特有の気候、風土が、自分の生活のメインなところにまで気づかないうちにじわじわと影響を与えていたことに気づき、驚いたので、書いてみた次第です。

誤解しないで欲しいのですが、私はもちろん、沖縄は大好きです。
来月の沖縄行きも、今からすっごく楽しみにしています。

でも、住むのではなく、たまに訪れて気持ちをリフレッシュするぐらいが今の私にはちょうど良いのだろう、と思いました。

沖縄に行きたくなった→じゃあ、仕事頑張ろう!

こうしたモチベーションアップのために上手に利用したい「楽園」ですね。私にとっての沖縄は。

記:2008/03/26

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