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ジャズと映画とプラモの日々:高野雲

オヤジが「オヤジギャグ」を飛ばす理由

      2015/05/27

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oyajigag samui

オヤジが「オヤジギャグ」を飛ばす理由は、寂しさと、サービス精神と、恐怖感によるものだ。

話が合わない(と思っている)下の世代の関心をひくことによって、場に溶け込もう、場を和ませよう、願わくば笑いをとろうとというサービス精神。

そして、笑いを取らないと、つまり、注目を浴びて面白い人だと思ってもらえないと、自分は価値の無い人間だと思われるんじゃないだろうかという一抹の恐怖感もあると思う。

豪快にガハハと下らないギャグを飛ばすオヤジでも、心の奥は、寂しさと気遣いでいっぱいなのだ。

このような寂しさや恐怖感の無いオジサンは、若者相手にギャグは飛ばさない。飛ばす必要がないからだ。

寂しくない人は、無理して周囲から注目を浴びようとは思わない。

すでに信頼できる人間づきあいが構築されているため、なにもその場その場で無理して注目を浴びる必要もないからだ。

私は思うのだが、自分より若い世代、とくに女性が男性を見る目、そして暗黙に期待されている「年上像」というのは、「面白さ」や「愉快さ」では無いと思う。

もちろんあっても良いのだが、まず第一に求められるは、「落ち着き」なのだということを忘れてはいけない。

その「落ち着き」の裏づけからくる「安心感」と「包容力」。これこそ年下の女性が“あって当たり前”だと思っている年上の男性像だ。

もし、この“あって当たり前”の部分が欠落していると認識されてしまうと、“無くてヘン”、つまり“変人”に堕す可能性すらある。

では、どうすれば良いのかというと、結論は簡単で、
話すことが無ければ、無理して喋ることなかれ
ということ。

ヘンな気働きやサービス精神なんぞ発揮して顰蹙買うぐらいなら、最初から何もしなくていいということ。

第一、そのほうがラクではないか。

せっかく一目置かれている存在だったのかもしれないのに、下らない話でイメージが瓦解してしまうかもしれないのだから。

スベると寒いし、リスクのほうが高く、良いことのほうが、どう考えても少ない。

と、なんで、私がこんなことを書いているのかというと、私自身、オヤジギャグを飛ばしそうなオヤジ候補軍の中の一人だから。

それはすごく自覚している。

お喋りなほうだし、寂しがり屋だから。

だから、寂しいオヤジの心情も分かるし、しかし、そうにはなりたくもないので、これからの自分を戒めるつもりで書いてみたんですね。

10年後は、エレガントでダンディでスマートでモテモテなオジ様(笑)になっていたいものだ(半分嘘)。

記:2004/02/26

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