スピーク・ロウ/ウォルター・ビショップ Jr.

      2022/10/26

白米を食べる感覚で何度も聴ける

グイグイとベースがリズムを牽引してゆく。

「きちんと、正しくピアノトリオ」なアルバムだ。

ベースがガッチリとリズムを引っ張り、ドラムが的確にビートを刻んで味付けをする。

リズム隊がガッチリと作り上げたビートの土台に乗って、ピアニストは心地よく鍵盤で「歌」を紡いでゆくことだけに集中するだけでいい。

ひたすら、スイングさせることに集中するだけでいい。

良いピアノ、良いジャズ。
聴いている間は、これ以上は何もいらない。

お腹がすいたらご飯を食べるような感覚で、何度も聴きたくなってしまう。

そんな良さを持つアルバムが、ウォルター・ビショップJr.の『スピーク・ロウ』だ。

ジミー・ギャリソン

ウォルター・ビショップJr.が煙草を吸っている横顔のジャケットがいい味を出している「ジャケット名盤」でもある。

ジャズ喫茶のマスターで、オーディオやジャズの評論家でもある寺島靖国氏が『辛口ジャズノート』という著書でこう述べている。

超人ベーシスト、ジミー・ギャリソンによって、凡庸なピアニスト、ウォルター・ビショップJr.が持てる才能を根こそぎ吸い出された希有な作品である。

そして、

このレコードの聴きどころは、平凡なピアニストが超自然的なリズムによって“異常なピアニスト”に変貌するプロセスを、驚きの目で見守ることにある。
1961年3月14日、この日一日だけ、ウォルターは別人になった。その後のウォルターが、ハチに体液を抜かれたセミさながらに、凡庸以下の人に成り下がったのは、周知の事実である。

とも。


辛口JAZZノート

なるほど、そうかもしれない。

ウォルター・ビショップJr.が凡庸なピアニストかどうかはさておき、このアルバムの聴きドコロの一つはベースなことに間違いはないだろう。

このアルバムを吹き込んだ1年後に、黄金のコルトレーン・カルテットの一員となったジミー・ギャリソン。

晩年になればなるほど、ハードにエスカレートしていったコルトレーンのサウンドを最後までがっちりと支えたベーシストだ。

ジミー・ギャリソンの“ギャリソン”は、本や雑誌によっては“ガリソン”と表記されることもある。

この“ガリソン”という音の響きが、そのまま彼のベースの音色をあらわしているようだ。

“ガリッ!”とした感じの、ちょっとギザついた音色とノリ。ジミー・ギャリソンのベースの特徴そのままではないか。

ギザギザした特徴のある音色で、グイグイとリズムを引っ張ってゆくギャリソン。

ピアノの旋律を楽しんだら、時には、彼のベースのサウンドにも耳を澄ませてみよう。

マスター・テイクのみを聴いていこう

CDだと、オルターネイトテイクが盛りだくさんな編集となっている。

この「ありがた迷惑」な編集のCDを楽しく聴くコツは、まず全部の曲を「マスター・テイク」にプログラムしてから再生ボタンを押すこと。

そうすると、不思議なことに、まるですべての曲が一曲にまとまったが如く一つのストーリーを描き出す。

統一されたトーン、テイスト、適度にリラックスした雰囲気が心地よく空間を包んでくれる。結果、1曲目の《サムタイム・アイム・ハッピー》から、ラストの《スピーク・ロウ》まで、一気に聴くことが出来るのだ。

あとは、快適にスイングするこの演奏に浸れれば、もう何もいらない。

記:2002/08/05

album data

SPEAK LOW (Jazz Time)
- Walter Bishop Jr.

1.Sometimes I'm Happy (alt.take)
2.Sometimes I'm Happy
3.Blues In The Closet (alt.take)
4.Blues In The Closet
5.Green Dolphin Street
6.Alone Together
7.Milestones
8.Speak Low (alt.take)
9.Speak Low

Walter Bishop Jr. (p)
Jimmy Garrison (b)
G.T. Horgan (ds)

1961/03/14

追記

このアルバムは、25年近く愛聴しているのですが、で、しょっちゅう聴きまくっているのですが、ドド・マーマロサの『ドドズ・バック』とともに、こんなに聴いてもまったく飽きないピアノトリオというのも珍しいです。

ここ数年は、《スピーク・ロウ》のオルタネイトテイクの後半がツボ。

ベースソロの後、そしてテーマに戻る前に、「お約束」ともいうべきドラムとピアノの8バース(ソロの8小節交換)があるんですね。

ところが、別テイクだと、サビの後の8小節のソロ、ピアノもドラムも同時にはじめてしまうんですね。

流れからするとピアノではなくドラムの順番なんですが、ウォルター・ビショップは、後半のAメロからはピアノソロを16小節弾いた後にテーマに戻ろうとしたのかもしれない。

しかし、ドラムのG.T.ホーガンは、ソロ交換の流れからすると自分がソロを叩く番だと判断して叩き始めたのだと思う。

一瞬演奏が瓦解しそうになるんだけど、そこは百戦錬磨のジャズマンたち、なんとか帳尻合わせしてテーマに戻っていくんですね。

この一瞬の「戸惑い」と、この混乱に対してどう収拾をつけていくのか、その過程が面白いんですね。

楽器の音の向こうから「あらら、やっちゃったよ」という声が聞こえてきそう。

でも、こういうことって、ジャズ演っているとよく遭遇することで、ジャムセッションでも時折生じる現象なので珍しくないことなんですね。

細かな打ち合わせ無しで「えいやっ!」と演奏はじめて、一瞬、「あれれ?」となって、なんとか着地するスリルというのもジャズならではの醍醐味。

トラブルやハプニングは「ミス」ではなく、ジャズらしさを味わうスパイスにすらなってしまうのです。

まあ、この《スピーク・ロウ》の場合は、別テイクは後半の8バース含め、ちょっと荒削り感があるので、録り直ししたバージョンがマスターテイクになったんですが……。

マスター・テイクのほうが演奏の安定感があり、アドリブの展開も充実してはいるんですが、個人的には荒削りでラフで勢いのあるオルタネイトテイクも大好きです。

記:2014/09/22

 - ジャズ