カフェモンマルトル

text:高野雲

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勝負のタイミング~「男時」と「女時」の話

      2017/05/30

世阿弥の『風姿花伝』

室町時代に能楽を完成させた世阿弥。
彼の有名な著書に『風姿花伝』というものがあります。
(日本史習った人は覚えているよね?)

そのなかの一節に、こういうものがあります。

「時の間にも、男時・女時とてあるべし」

男時。
女時。

これは、いったいどういう意味でしょう?



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男時・女時を見極めろ!

男時(おとこどき)とは、状況が自分に有利な方向にあるときのことだそうです。

いっぽう、女時(めどき)というのは、相手が有利な状況。

このことについて、世阿弥は「いかにすれども、能によき時あれば、必ず、また、悪きことあり。これ力なき因果なり」
と書いていますね。

誰しもが男時も女時も来るし、それは避けられるものではない、人の力ではどうにもならないと因果であると説いています。

世阿弥は、男時、女時を読んで演技することが重要であることを説いているわけですが、自分にとって状況が不利な場合はどうすれば良いのでしょうか?

世阿弥いわく。

それがそれほど大事な場面でなければ、あえて勝とうとせず、余裕を持って演
技を行い、ここぞという場面だけに力を入れるようにと、説いています。

自分の力ではどうにもならない、「力なき因果」が働いている場合は、無理して相手を組み伏せようとしないこと。

じっと耐え、流れの変化に注意していれば、いつしか「女時」が「男時」に変わる瞬間がやってきます。

このタイミングを読むことが非常に重要なんですね。

ただ闇雲に力まかせではいけないということです。

社会に出ると、自分の力だけではどうにもならないことが必ずあります。

その時に、自分の力を過信しすぎている者は、心がポキンと折れてしまいます。

威勢の良い人ほど、そういう傾向がありますね。
そういう人は、威勢が良いのは、自分自身の実力からではなく、「男時」の時流に乗っている時だけの話なのかもしれないということを、きっと自覚していないのかもしれません。

そうにはならないためにも、世阿弥の「男時・女時」という考え方を知っていても損はないと思うのですが、いかがでしょうか?

勝負の達人や、運が良いと思われている人は、じつは無意識に「男時」と「女時」を感じる才能が優れているのかもしれませんね。

麻雀に強い人だったりとか(笑)。

記:1999/06/13

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