カフェモンマルトル

text:高野雲

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空岩洞/ヒステリック・ジャズ・テクノ

      2016/04/30

私が高校生の時、MSXという、パソコンとファミコンが合体したようなゲーム機なPCが流行していたんですよ。

当時の人気パソコンは、NECのPC6801やPC8801などでした。

何人かの友達はこれらのPCを持っていて、彼らはこのPCでロードランナーなどで遊んでいました。

私が通っていた高校の科学部にも6801や8801が何台かあったので、ロードランナーやりたさで、私は幽霊部員として所属していました。

当時の私は、シンセサイザーやエフェクター、それにレコードやカセットテープなどに小遣いやお年玉を費やしていたため、PC8801など高価なマシンを買えるはずもなく、そのかわり、弟をそそのかして、5万円程度で買えるMSXをせしめることに成功したのです。

MSXをご存知ない方のために解説すると、まあいってみれば、ファミコンとパソコンを足して2で割ったような廉価版コンピュータといったところでしょうか。

NECの8801のような専用モニターがないのも安さの理由だったのでしょう。

本体をテレビにつなげばOKでしたから。

さらに、本体はキーボードがあって打ち込みも出来るのですが、ファミコンのようにカートリッジを「グサッ!」とさせばゲームも出来るという代物。

別売りのジョイスティックなどをつないでシューティングゲームをすることもできました(私はそれで「エクセリオン」ばかりやってました)。

ただ、なんというかゲーム性はファミコンには劣るし、プログラムをするにも、ベーシックはともかく、それ以上のプログラムには対応できなかった、いや、できたのかな?単に私のスキル不足なだけなのかもしれませんが、とにかく、当時流行りの「マシン語」のように、あまり複雑なプログラム言語には対応していなかったような気がします。

結局、ファミコンとコンピューターのいいとこ取りの廉価版ハイブリッドマシンという感じだったのですが、それでも、当時としてはコンピュータでありながらも10万円を切るところが魅力で、安い機種だと3~4万円で購入できるところが、当時の中学生や高校生にとっては大きな魅力でした。

『ゲームセンターあらし』に登場するサトルくんが羨ましいと思っていた私は、MSXでゲームをするだけではなく、『MSXマガジン』や『BASICマガジン』などの雑誌を買い、それに掲載されている簡単なベーシックのプログラムを打ち込んで遊んだりもしていました。

弟が買ったMSXの機種のメーカーは、たしか東芝でした。

購入した店は秋葉原のサトー無線だったと記憶しています。

機種名は忘れましたが、当時は横山やすしと息子の木村かずや親子が宣伝に使われていましたね。

所有者は弟でしたが、私も「科学部でBASICのプログラムの勉強をするから」という名目で弟からMSXを借り(取り上げ)て、よく遊んでいました。

しかし、どうしても当時はゲーセンで「ザビガ」や「1942」などのシューティングゲームを50円玉一枚で何時間も粘れるほどのゲーマーだった私にとっては、なんだかMSXで遊ぶゲームは物足りなく感じ、すぐに飽きてしまったことを覚えています。

家の外ではゲーセンでゲームをやるほうが面白いし、家の中では、シンセサイザーのツマミを回して面白い音を作り、その音色から触発されてヘンな曲を作るほうが面白いやと思っていたのですね。

あとは、彼女が出来たので、週に一回ぐらいはデートしたり、悪友の影響で酒・タバコも覚えたため、週に一回は一人で渋谷のバーに飲みに行ったり、あるいは友達とアメ横で安いウォッカ(当時は樹氷のコスパが高かった)とスルメを買って、不忍池で飲んで吐くといったアホなことを繰り返していたり、これまた友達の影響でエレポップにはまって週に一回は渋谷のタワレコに輸入版の12インチを買いに行ったりと、比較的忙しいというか、個人的には充実した高校生活を送っていたので、いつしかMSXのことは忘れてしまっていました。

そんなある日、うちの親父がドッサリとMSXのソフトを持って帰ってきたんですね。

取引先の某出版社が新しいゲームコンテンツの会社を立ち上げるそうで、まずは海外で販売されているゲームを翻訳した国内版を出すとのこと。

そのため、まずは、このアメリカ版のMSXのソフトを我々に遊ばせて感想を聞き、取引先にフィードバックしたいようでした。

おお、やったぜ!これで大手を振ってゲームが出来るぜ!と思った私と弟。

MSXの本体にROMを差し込みまくってゲームしまくりました。

しかし、私はすぐに飽きてしまいました。

どうも大雑把というか大味なんですよ、どのゲームも。

もう随分昔のことなので、もらったゲームの名前はほとんどが忘却の彼方なのですが、たとえば「ハイスト」(というタイトルだったと思う)というゲームは、泥棒が家(ビル?)に進入して数々の障害物を乗り越えながら奥まで進んでいくゲームなのですが、どうもバックにノンビリと流れる音楽が退屈なのです。

加えて、キャラのグラフィックもめちゃくちゃ大雑把。

おそらくプログラムやメモリーの関係上、キャラに凝るよりもゲーム性のほうを重視した結果だと思うのですが、ドットの集合体がかろうじて泥棒キャラに見える主人公には愛着を持つことが出来ませんでした。

他のゲームも、「ハイスト」と似たりよったりで、シンプルかつ単音の音楽が申し訳程度にバックのBGMとして添えられて、敵も見方もキャラ造形がテキトー、というか、大雑把なものが多く、あまりゲームの世界にのめりこむことなく、早々に私は親父が持って帰ってきたソフトたちに飽きてしまいました。

他の日本人の方々はどう感じるのかは分かりませんが、アメリカのゲームの場合は、キャラクターのデザインは大雑把で、どちらかというとゲーム性を優先させているような気がするが、日本人がゲームをする場合は、どこかプレイヤーに愛着を感じさせるような要素を登場キャラに持たせないと、何回もリピートをしてまでゲームをしないのではないか、そんなことを偉そうに親父に進言した記憶があります。

早々にアメリカ製のMSXのゲームから遠ざかってしまった私ですが、弟のほうはしつこく毎日夢中になってプレイしていました。

そんなに毎日夢中になるほど面白いか?と尋ねると、結構夢中になれるゲームがあると言うんですよ。

そのゲームこそが、「チャンピオン・バルダー・ダッシュ(Champion Boulder Dash)」だったのです。

一言で言えば、アクションパズルゲーム?

バルダーと呼ばれる炭鉱夫(?)が地面を掘り、ダイヤモンドを見つけてはゲットしまくるというゲームです。

主人公のキャラクターはトマトに胴体、手足が生えたような、相変わらず大雑把なデザイン。

動かさないときは、無意味に表情を変えたり、手足を微妙に動かすんですが、そんなところに凝るんだったら、キャラクターのデザインそのものに凝ればいいのに、などと思ってしまうほどです。

また、得点につながるダイヤモンドのデザインも、正方形を横に45度回転させた形をしているだけ。しかも、主人公キャラと同じ高さで、いくらなんでも、そんなに巨大なダイヤモンドだったら、一個でもゲットすれば、大金持ちじゃん?!と思うほどです。

baulder

これらのダイヤモンドを地中を疾走しながらゲットしまくるわけですが、上手に穴を掘り進めていかないと、頭上から岩が落ちてくる!

この岩に当たると、一人失い、全員失うとゲームオーバーになるというわけ。

ちなみに、岩の大きさというか高さも、これまた主人公キャラと同じ高さで、幅もダイヤモンドと同じ。

さらに、岩を転落させて命中させるとダイヤモンドに変身する蝶もいるのですが、この蝶も二等辺三角形を二つくっつけただけの形なのです。

なんか全体的に大雑把なんですよ。

もちろん私もこのゲームで遊びましたが、なんだか平安京エイリアンやフラッピー・リミテッドやロードランナーなどを足して5で割ったようなゲームだなぁと感じて、早々に見切りをつけていたものです。

特に、キャラのデザインなんかは、似たようなゲームであれば、フラッピーのほうが可愛いじゃん、やぱり自分が操作するキャラの造形は愛着を感じさせるものじゃないとダメだよね、なんて思っていました。

しかし、このゲームをやりこんだ弟がプレイしている画面を見ていると、異様なスピード感があるんです。

とにかく地中を掘り進み、ダイヤをゲットするだけなのですが、面をクリアするごとに複雑になってゆく地中の地形の中、素晴らしい速度で疾走しながら、岩を落とし、「ファーン!」というダイヤモンドをゲットする大雑把な音を聴くたびに、得もいわれる興奮と高揚感を覚えてくるんですよ。

デカくて雑なデザインの岩をよけたり落としたりしながら、デカくて雑なデザインのダイヤモンドを次から次へと「ファン!ファン!ファン!」とゲットしてゆく弟の手際の良さに、これはこれで、やりこめば、なかなか面白いゲームなんだなと感じました。

幼少時にサンダーバードのジェットモグラに魅了されて以来、私にとって「地底」とは、怖くいけど探検してみたいところという特別な世界でした。

しかも、中学校3年生の時に太田蛍一の『人外大魔境』に魅了され、このアルバムに収録されている《謎の大洞窟》を聴いてからは、さらに地底は行きたいけど怖そうだから行きたくないという、心の中の特殊な場所の一つに位置づけられるようになりました。

その地底の中を、通常であればドンヨリとして時間の進み具合もメチャクチャ遅そうな地底の中を、弟が操作するバルダーは、めまぐるしい速度で疾走している。

雑なグラフィックと、大味な効果音が、かえってそのスピード感に拍車をかけている。見ていると、これはなかなか妙な快感だなと思うようになりました。

もちろん、それはあくまで弟が操作しているゲームを横から見ている時であって、私がプレイすると、まったくのダメダメへたれなゲームっぷりでしたが。

暗くて固い岩が立ちはだかる地底を、キラキラ光る鉱物を探し求めて疾走してゆく様。

これを音で表現すると、こんな感じになるのかな?と思って作ってみたのが、こちらの曲、《空岩洞》です。

作って録音したのは1993年頃ですね。

ヤマハのV50を買って、しばらくは打ち込みの仕方が分からずに放置していたんですが、これじゃいけない!とばかりに意を決して、簡単なアルペジオを打ち込んでみた記念すべき「V50打ち込み第一号」の曲が《空岩洞》なのですね。

このホールトーンのいかにもベタなアルペジオ、今聴くと、かなり雑ではありますが、この雑さこそが、『バルダーダッシュ』の魅力を引き立てる要素に違いなく、私的『バルダーダッシュ』サントラなのです。

記:2016/02/04

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