9ソングズ/試写レポート
2018/01/09
貪りあうように、しまくっていた時期がある。
それこそ動物のように。
路上、トイレ、風呂、エレベーター、タクシー、カラオケボックス、ビルの屋上……。
人目につかなければ、場所はどこでもよかった。
果たして、互いが互いのことを本当に好きだったのか、今となっては、よく分からない。
恋愛感情という、心の動きゆえの結果ではない(もちろん肉体も連動したうえでの感情だが)。
もっと原始的で単純な「肉体の乾き」を潤すための一番簡単な解決策だったのかもしれない。
彼女は昂奮すると、私の肩を強く噛んだ。肩だけではなく、首筋や、胸、背中なども噛んだ。噛まれた箇所はないぐらい、色々なところを噛まれた(あ、足の裏はさすがになかったな…)。噛まれるたびに、突き刺すような瞬間的な痛みに襲われた。甘美にとろけそうな脳が、噛まれるたびに瞬間的に覚醒した。
痛いのはイヤだけども、こんなにもオレのことを求めてるのかと思うと嬉しくもあったが、反面、怖くもあった。
私も彼女を噛んだ。乳房、鎖骨の周り、肩、背中。噛まれるたびに、ものすごい力で身体をゆすり、悶え歓んだ。覆いかぶさる私をはね返すほどの力で、身体をゆすった。小さい身体のどこに、これほどまでのパワーを宿しているのか、不思議だった。
正直、私は噛まれるのが好きではなかった。
痛いから。
たしか、あれはシャネルのアマゾンだったと思うが、この少し攻撃的な甘い匂いを漂わせる彼女の全身が私を求め、噛もうとするたびに、もしかしたら、自分は食べられてしまうのだはないか、そんな恐怖もちらりと感じた。
もっとも、恐怖だけではない。
不思議な嬉しさもあった。
恐怖8割の嬉しさ2割といった不思議な感情。
カマキリのオスがメスに喰われるときは、そんな気分なのだろうか。
まさに、貪りあうという表現がもっとも近く、互いの身体は、アザだらけだった。
互いの存在を身体に刻印しあう。
そんなカッコイイものではない。
ただ単に、内なる本能的な攻撃衝動を、性欲のみならず、噛むという行為に転化させていただけだと、今にしてみれば思う。
実際、腰を動かしながら、彼女の首を軽く絞めると、「もうちょっと強く締めて」なんて言うもんだから、かなりヤバいことをしていたのかもしれない。
ま、オーガスムというのは「near death」という「死に近い状態」を意味する言葉なわけで、死が最高の快楽だとすれば、間違いなく彼女はその寸前までに身をまかせていたに違いなく、結構きわどいところまでいってしまっていたのかもしれない。
後にも先にも、あんなに攻撃的で、野獣のような営みを繰り返した時期はないし、それこそ、今となっては、あれは一体なんだったんだろう、と振り返ることはある。もちろん、滅多に振り返ることなんてないんだけれども。
でも、『9 songs』の試写を観たら、振り返っちゃったじゃないか。
熱狂的なロックバンドのライブとクロスするように挿入される、互いに激しく貪り合う男女の姿は、まるで昔の誰かさんたちの姿。
冒頭、主人公の男は、南極大陸で、かつての恋人に思いを馳せる。
といっても、彼女の服や言葉ではなく、匂いや肌の感触に、だ。
匂いも感触も、映画ではダイレクトに伝えることの出来ない領域と感覚だが、私にはものすごく伝わってきた。
というか、感覚が呼び醒まされた、んだろうな。
かつての、感覚や痛さが。
そうなんだ。
じつは私も写真を一切撮らなかった彼女の顔は既にオボロゲながらにしか思い出せないのだが、匂いはいまだに鮮明に蘇ってくる。
汗と体温で暖かく空気を濡らす香水の香りはもとより、彼女の内臓の匂いを強く思い出す。
内臓、だなんて書くと猟奇的かもしれないが、いや、べつに、内蔵を喰ったわけじゃなくて(当たり前だ)、ジンやテキーラなど、強い酒を呑んだ後にもらす息の匂いのことだ。
これはアルコールが体内を焦がす匂いだ。
アルコールによって焼かれた内蔵の匂いだ。
私は、そう信じて疑わなかった。
度数の強い酒を呑むと、身体の内側がカッと熱くなる。
そのときに漏らす吐息の匂いは、限りなく強烈で、野蛮で、上質に卑猥だ。この匂いこそが五感を刺激させる強烈な媚薬なのだ。
そして、強烈に甘くマッタリと。ダイレクトにこちらの脳髄を刺激するような芯の強い香りは、まさにもっとも甘美で、危険な香りでもある。
なーんてことを思いながら、この60分強の映画を眺めていたら、あっという間に終わってしまった。
あれだけ貪りあうように互いを求め合いつつも、少しずつ心がすれ違い、離れてゆく男女。
あらら、これって誰かと一緒じゃない。
いや、誰もが一緒なんだろうな、きっと。
ということは、人類普遍のラブストーリーでもあるのだ。
あとは、どう描くか、ということだけ。
そして、こういう描き方って、悪くない。
冒頭の南極大陸、これがやはり効いているよね。
荒涼、広漠とした風景が、かえって過去の逢瀬をノスタルジックに彩るし、当時の主人公たちの満たされきっていない心象風景とそのままオーバーラップするから。
全体的にザラついた画面も、まるで満たされないで乾き続ける主人公の心情そのままをあらわしているかのよう。
あんまり鑑賞態度としては感心できないことだけれども、私はかつての恋愛、というか肉体的体験を重ね合わせて観てしまった。
「キスされると、噛みつきたくなるの。本気で傷つけたくなるの」
……そうか、オレは本気で傷つけられていたのか、なんて思いながら。
この映画の試写は、強烈な性表現ゆえ、女性のみのための試写会も設けられたようだが、観るかぎりでは、それほど強烈でもないような気がした。
生々しくはあったけれども、ヘンなイヤらしさは無い。
もちろん18禁。
私は、大人のデートムービーだと思う。
ポルノじゃないんだし、エロスのベクトルは、「いやらしい」には向いているわけではない。
だから、気後れすることなく、カップル同士で、どんどん鑑賞するといいんじゃないかな。
観た日:2005/03/01
movie data
9 songs
監督:マイケル・ウィンターボトム
プロデューサー:アンドリュー・イーストン
アシスタント・プロデューサー:メリッサ・パーメンター
出演:キーラン・オブライアン、マルゴ・スティリー ほか 出演ミュージシャン:キーラン・オブライアン、マルゴ・スティリー、プライマル・スクリーム、フランツ・フェルディナンド、マイケル・ナイマン、ザ・ダンディ・ウォーホルズ、スーパー・ファーリー・アニマルズ、ザ・ヴォン・ボンディーズ、エルボー、ブラック・レベル・モーターサイクル・クラブ
2004年
イギリス
69分
35mm カラー
シネアミューズにてGW公開
記:2005/03/17