素敵な人、シンディ・ローパー
text:高良俊礼(Sounds Pal)
メンフィス・ブルース シンディ・ローパー
シンディ・ローパーの《メンフィス・ブルース》がとても良い。
内容は全曲タイトル通りのオールド・ブルースのカヴァー。それも奇をてらったものでもなければ、単なる懐古趣味にも終わらない、彼女のハスキーで奥深い声の魅力を全面に出しながらも深みを感じさせる良作だった。
「いいなぁ・・・」と思うのには、単に趣味やセンスの良さとか、歌の巧さだけでない“何か”がある。
そんなことを思いながらしみじみと聴いていたら、ふと彼女の“イイ話”を思い出した
アルゼンチン 空港
2011年3月4日、場所はアルゼンチンの空港。
アクシデントに次ぐアクシデントでほとんどの便が欠航したり時間変更になったりと、まぁ大変な状況だった。
苛立つ乗客は怒りの形相で受付に詰め寄る・・・。
そんな中で一人の女性が、やおらカウンターにあるアナウンスマイクを片手に唄いだした。
乗客 笑顔
《Girls Just Wanna Have Fun》。
80年代の大ヒット曲、おや?これを今唄ってるのはもしかして・・・。
「おい見ろよ、あれシンディ・ローパーだ!」
「マジかよ!?信じられない」
「まぁ素敵」
てな具合にどよめきが広がり、徐々にその場の空気は和みだした。
怒りと不安で爆発寸前になっていた人達の間に、笑顔と合唱が広がり、大きな騒ぎや暴動が起こることなく人々は自分が乗る飛行機を待った。
シンガーとしての矜持
この時シンディはツアー中で、自分自身も“待たされる乗客”の一人だった。
もちろん有名人なので、プライベートで目立てば野次馬やパパラッチの恰好の餌食になってしまうだろう。
良いことをしても、あとから「売名行為だ」!なんて叩かれまくることも欧米のメディアでは普通にあり得ることで、有名人は何をやっても大衆の過激な反応にさらされてしまう。
ショウビジネスの世界で長く生きてきたシンディは、そんなこと百も承知だったろう。にもかかわらず件の行動に出たことは、彼女の中で芸能人としてのプライドよりも「歌で人々の心を豊かにしたい!」というシンガーとしての矜持(プライド)の方が大きかったからではなかろうか。
世界各国どこを見渡しても心が暗くなるようなニュースが飛び交う中で、久しぶりに胸がスカッとする話を聞いた気がした。
素敵な人 シンディ・ローパー
シンディ・ローパー、シンガーとしても人としても、何て素敵な人なんだろう。
『ブルースは人々を勇気づける、元気づける音楽でもあるの。ひどい状況にも負けず、何度でも立ち上がろう! という気持ちを込めて歌ってるわ。今は世界中の人たちがブルーになっている。景気が悪くて、家や仕事も失ってしまった人たちもたくさんいる。何をやってもうまくいかない人もいる。そんなみんなに元気を出して! って言いたいのよ』 ─シンディ・ローパー
記:2014/09/21
text by
●高良俊礼(奄美のCD屋サウンズパル)
※『奄美新聞』2011年3月12日「音庫知新かわら版」記事を加筆修正