壁面静止地点
2019/06/20
止まった音楽
止まったような感じの音楽を作ってみたかったんですね。
それと、土で作った壁、あるいは古い日本家屋の漆喰の壁がポロポロと崩れるようなイメージも挿入できたら最高なんじゃないかと思っていました。
なぜかというと、印象的な夢のイメージを音として残しておきたかったからなのです。
クレイジー・クライマー
小学校5~6年生ぐらいのときの私は、日夜ゲームセンターに入り浸っていたゲームっ子だったんですが、その時、もっとも得意だったゲームが「クレイジー・クライマー」でした。
2本のスティックを使って、ひたすら高層ビルをよじ登っていくゲームです。
MajorWaveシリーズ CRAZY CLIMBER アーケードヒッツ クレイジー・クライマー
途中、窓からは植木鉢が落とされたり、鉄アレイや鉄骨が降ってきたり、しらけ鳥がウンコをしたり、看板が落ちてきたり、キングコングがパンチをしたり、電飾看板が感電させようと待ち構えていたり、看板が落下してきたりと、もう大変!
なんなんじゃい、このビルは!ってぐらい、とにもかくにも、いろいろなアクシデントがクライマーの行く手を阻みます。
こんなビルがあったら、ビルの下を通る通行人はたまったもんじゃないですよね。
だって、上空から植木鉢や鉄アレイが落下してくるんですよ?
しかも、巨大な鳥やゴリラも棲みついているようだし。
普通、そんなビルはないし、あっても誰も登ろうとはしないでしょう。
しかし、ゲームの中では、クライマーは果敢にトライをするのですね。
なぜか?
屋上でヘリが待っているから。
最上階にたどり着いて、ヘリコプターで脱出できれば1面クリア!
ヘリにつかまって脱出に成功したときのクライマーの「わちゃっ!」って声を聴きたいために、ひたすら私は面をクリアしていました。
本当は「わちゃ!」ではなく「やった!」なんでしょうけど、当時のゲームの技術では、「わちゃ!」が精いっぱいだったのでしょうね。
4種類のビルがあって、4面のビルをクリアすれば、また1面に登場したビルに戻るということの繰り返しなのですが、私は、4面のビルには少々手こずりますが、それ以外のビルは、比較的スムースにクリアいていました。
4面のビルはね、上層階になってくると、クライミングコースが2叉に分かれてしまうんですよ。
そのため、選んだコースの直情から看板が落下してきたら、避けることが不可能で、運悪く看板が頭上から落下してきたら、死なざるを得ないのですよ。踏み止まる方法も無いわけでは無いのですが、いつもうまくいくとは限らないし。
しかし、この難所さえなければ、わりと楽勝で一番難しい4面のビルもクリアすることができます。
だから、けっこう小学生の私がゲーセンでクレイジー・クライマーをプレイしていると、人だかりができることが多かったかな。
同じゲーセンには、パックマンが猛烈にうまいお兄さんがいたんですが、そのお兄さんの華麗なスティックさばきと、集まるギャラリーの数には負けていましたが……。
バベルの塔
さて、あれはたしか中学2年生のときだったと思うのですが、夢を見まして。
私がクレイジー・クライマーになっているんですよ。
しかし、登っているのはゲームに登場するような西欧のビルではない。
中東のビル、というより、塔のようなものによじ登っているんですよ。
下を見下ろすと、砂埃の建物がポツポツとあり、その向こうには赤茶けた砂漠が横たわっている。
ものすごく静かなんです。
時間が止まっている中、自分ひとりだけが動いているような感じ。
そして、私はひたすら、バベルの塔のような塔をよじ登っているのです。
なぜか、クレイジー・クライマーのビルのように、その塔には規則的に空き窓がある。
その空き窓に手をかけて、延々と登っている私。
古い建物らしく、手をかけるたびに、壁がボロボロと崩れ、砂のようなものがこぼれ落ちるんですね。
無理やりよじ登ると、壁が崩れて塔そのものが崩壊しそうなほどなんですが、不思議なことにまったく恐怖心はない。
おそらく、ゲーセンの「クレイジー・クライマー」で鍛えたことによる自信からなのかもしれません。
音楽が聞こえてきます。
規則正しいリズムが低く流れ、時おり聴いたことのないような音が漂っています。
静かで力強い「ブホッ!」という音や、低くただよう「トタトタトタトタ」といった音が。
この状態が延々と繰り返されるわけですよ。
軽い催眠状態にかかった状態で、私はひたすらボロボロと崩れる壁の塔をひたすらよじ登る。
そんな夢を見たんですね。
目が覚めても、静かに規則的に漂う不思議なリズムが頭にこびりついて離れず、しばらくは陶酔状態だったことを覚えています。
壁面静止地点
で、それから十数年後、YAMAHAのV50で曲を打ち込もうとアイデアを練っていたら、突然中学生の時に見た「よじ登り」の夢を思い出して、その夢の中で漂っていたリズムを再現してみたのが、この曲、《壁面静止地点》なのです。
デジタルシンセでは、夢の中の音に近づけることができなかったのですが、時折登場する「トタトタタト」という尖った音とフレーズは、夢の中の音に近い感じがします。
B-2 unit
で、この曲は、ブルトン・アプレゲール・テケレッツのライヴでも披露したことがあります。
リズムトラックは完全に打ち込みなので、V50をライヴ会場に持っていき、再生スイッチをオンにすれば、演奏がはじまってくれるのでラクチンです。
その間、私はステージ上で英字新聞を読んでいたりしていましたし、メンバーはトランプ占いをしたり、客席に向かってカメラのフラッシュを焚いたりしていました。
で、新聞を読むのが飽きたら、たまにリズムにあわせてキーボードを弾いてみたりしてと、この曲は、ブルトンのライヴでは、恰好のステージ上での休憩音楽になっていましたね。
ところが、このライブを見にきていた会社の後輩がライブ終了後、こういう感想を漏らしたんです。
「先輩、さっきの2番目の曲、『B-2 unit』の影響受けまくりですね」
そうかなぁ?
自分では意外に感じたのですが、なにせ『B-2 unit』は、大好きなアルバムですからね。
おそらく、聴いた回数で言えば最多の部類に属するアルバムだと思うので、無意識に「あのテイスト」を再現しようとしていたのかもしれません。
自分の中では、完全に中東か北アフリカのイスラム圏のタワーを「クレイジー・クライミング」しているイメージなんですけどね。
自分の中に何がどう堆積し、どのような形で、どのような空気を帯びて表出するのかは、分からないものだと思いました。
記:2015/10/19
YouTube
この曲についての「語り」動画をユーチューブにアップしました。
記:2019/06/20