口にもパンツを履く時代~ウィズコロナで変わりゆく価値観
時代を象徴する写真
「バブル」を象徴する写真といえば?
ディスコのお立ち台で羽付き扇子を振り回して踊る女性の写真を思い浮かべる方も多いことだろう(ジュリアナ東京の写真は実際のところはバブル崩壊後の写真らしいが)。
後期高度経済成長の時代、つまりGNPが世界第2位へと躍進するも、それがもたらした歪みが表出した時代のムードを象徴する写真といえば、東京大学の安田講堂と放水車の写真を思い浮かべる方もいるだろうし(学生運動)、もくもくと煙を吐くコンビナートの煙突を思い浮かべる方も少なくないだろう(公害病)。
あるいは白バイ警官のモンタージュ写真を思い浮かべる人もいるかもしれない(三億円事件)。
時代さかのぼり、「戦後の日本」。
焼け野原になった町や、青空教室、あるいは原爆ドームの写真などを見れば、誰もが「戦後」という言葉が思い浮かぶだろうし、「オイルショック」といえば、トイレットペーパーを求めてスーパーに殺到する主婦の写真1枚を見れば、なんとなくその時代の雰囲気を味わえた気分になる。
では、昨年からの「コロナ禍」といえば?
おそらく30年後、50年後に歴史や現代社会などの教科書などには、マスクをした人々の写真が掲載されているに違いない。
もちろんどの写真家がどの場所で撮影した写真が使用されるのかは、今の段階では分からない。
しかし、おそらく「アフターコロナ」の時代が到来し、メディアや歴史家が「ウィズコロナ」の時代を総括しようという動きをした際に、今の時代を象徴する数枚の写真が選ばれていることだろう。
そして、今の時代を体験していない後世の人々は「大変な時代だったんだな」と、なんとはなしにイメージを抱くのだろう。
パンツ=マスク?
2019年末、中国の湖北省武漢で新型コロナウイルスの感染者が最初に発症したとされている。以後、爆発的な勢いで世界中に拡がり、多くの死者を出し、今なお余談を許さぬ状況が続いている。
そのような背景の中、我々はマスクを着用するのが当たり前となった。
日本だけではなく世界規模でだ。
もし、タイムマシンがあったとして、過去の人を現在に連れてくることが可能だとする。30年前の人、いや10年前の人でもいい、彼らが現在の日本を見れば皆マスクを着用していることに驚くに違いない。
もし我々が街を行きかう人々全員が全員ガスマスクを着用している光景を見たら、そのあまりに異様な光景に驚くと思うが、昔の人はそれに近い衝撃を受けるかもしれない。
しかし、私たちはすでに外出時にマスクをすることは当たり前の習慣となっている。外出する際は玄関で靴を履くのが当たり前なように、マスク着用も特に違和感を感じることはなくなっている。
私たちはパンツをはかずに外出することはあり得ないと普通に考えているように、口にはマスクを着用することが当たり前だと考えるようにいつしかなった。
パンツをはかずに屋外をうろつくと公然わいせつ罪に問われる。
最近では「マスク着用拒否男」が飲食店や飛行機などでトラブルを起こしたというニュースも時折聞く。
パンツをはかずに飲食店に出入りするのはケシカラン。
それは当たり前。
それにプラス、最近ではマスクをせずに飲食店に出入りするのもケシカランという趨勢となり、このことを私たちは至極当然のこととして受け入れている。
中には、疑問を感じている人もいるから、時折事件になるのだろうが、おそらく大部分の人は「仕方ないな」「面倒くさいな」と思っている人もいるだろうが、一応は公然でのマスク着用を守り、それが当然のエチケットであると認識しているはずだ。
つまり、いつしかマスクはパンツと同じ認識になっているのだ。
マスクとパンツ
性器を隠すパンツ。
口を隠すマスク。
食事の入り口と出口を塞ぐ布。
生殖行為に使用する器官を覆い隠す布。
もちろん、イスラム圏の女性は戒律により布で顔(正確には肌)で覆い隠すのという昔からの慣習はあるにせよ、イスラム文化圏以外の地域においても、それこそ世界規模で顔の一部を布で覆い隠すという新たな慣習が生まれた。
コロナウィルスショックの2020年より「口隠し」の時代がはじまったといえるだろう。
それとリンクするかのようにコミック『鬼滅の刃』がヒットし、2020年10月より上映された『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』は日本歴代興行収入第1位を記録するほどのヒットを飛ばした。
『鬼滅の刃』といえば、この作品を象徴するビジュアルのひとつが主人公の妹・禰豆子である。
禰豆子は鬼となってしまったため、竹の口枷をしている。
つまり、口を隠している。
マスク着用の時代と口を隠したヒロインの作品がヒット。
もちろん偶然ではあるが、奇妙な符合も感じる。
パンツは陰部を隠すが、隠すがゆえに羞恥心が生まれ、それがかえって情欲の昂まりに拍車がかかる属性の人もいる。
口は第二の性器と言われているが、今後は、口を隠すマスクの着用が常態化したことにより、今まで以上に布の下に隠れる口に対してセクシャルな価値を見出す風潮が生まれてくるのかもしれない。
『鬼滅の刃』の多くのファンが禰豆子に対して抗いがたい魅力を感じるのも、じつはそこにあるのではないだろうか。
そして、もしかしたら、後世の歴史家は今の時代を短い言葉でこう総括するかもしれない。
「2020年から“口隠しの時代”が始まった」と。
記:2021/04/18