生まれ育った境遇や、現在置かれた環境を呪う前に

恵まれた環境に生まれ育ち、現在も申し分のない境遇であるという人はほんの一握りだと思います。

多くの人が、何かしら、生まれ育った環境や、現在置かれた環境(学校、職場)などに多かれ少なかれ問題や不満を抱えていると思います。

できれば、もっと居心地の良いところで生きていきたい。
できれば、現在の環境が改善の方向に向かって欲しい。

そう願うのは普通のことです。

しかし、なかなか変わってくれるものでもないんですね。

だったら、爆破してすべてを無にしてしまえ、というようなテロリスト的な発想を持つ人もごくごく少数ながらいるかもしれませんし、気に喰わない上司や足を引っ張る人間を呪い殺してしまいたいと考える人も中にはいるかもしれません。

しかし、面倒臭かったり理性がストップをかけるので、大多数の人は、そこまで極端な行動には至らないわけですが、瞬間風速的に怒りや嫉妬や殺意が沸点を超えそうな瞬間も出てくるかもしれません。

そして、その感情を周囲に気取られないようグッと押さえ込む。

結果、ストレスが貯まってハゲになる。

スポーツ、飲み騒ぎ、趣味に没頭、宗教、セラピー等々、ストレスを発散するための術を持っている人ならまだ良いのですが、何もない人はただストレスが蓄積していくだけ。

非常に健康にもよろしくないです。

しかし、自分が何かしたところで、自分が身を置く環境が変わるわけではありません。

逃げる、やめる、遠ざかる、という手段も最後の手としてはありますが、多くの人は経済的な問題から、それもかなわず、じっと耐え忍ぶ毎日を過ごさざるを得ない状況なのだと思います。

そういう場合は、もう自己催眠をかけるしかありません。

いや、催眠といっても本格的な催眠術を駆使して……というわけではなく(セラピストではないので)、とにかく「思い込み」を作るのです。

自分は「●●」なのだ、と。

では、その「●●」に入れる言葉は?

正解は「植物」です。

植物は育つ場所を選べません。

動物のように脚がないので、居心地の良い場所を求めて移動することは不可能です。

芽が出てしまった場所で、なんとか生きていくしか選択肢がないのです。
仕方がない、ここにいる以上は、ここで何とか生きていくしかないという、ある意味「諦観」から出発するわけです。

しかし、植物には脚が無いかわりに根っこがあります。

現在自分がいる環境に力強く根っこをグイグイと伸ばし、自分の成長に必要な栄養分はすべて吸い取ってやるでぇ!と思うようにすると、少しだけ気分がラクになります。

さらに、すべての植物は、平らな地面で育つわけではありません。

たとえば、山の斜面に植えられた樹の苗などがそうですね。

斜面といえば、大雨や台風で土砂崩れになる恐れもある。

この土砂崩れで流されてしまったら一巻の終わりです。

そうならないように、太っい根っこを張りまくる。

不完全な環境だからこそ、どんなことがあっても倒れない、流されないための強さを養うことが出来るのです。

逆に、すべてが整った環境に身をおく人は、よっぽど前向きな人ではい限り、恵まれた環境に安住して成長を止めてしまいます。

恵まれない環境にいたほうが、かえって自分の内部に「何があってもヘコたれないパワー」を宿すチャンスなのかもしれません。

そう考えるようにすれば、少しは前向きな気持ちになれるのではないでしょうか?

ストレスフルで、頭にくることが多い環境ほど、じつは自分を成長させる場でもあるのです。

自分のことをサイヤ人だと思い込めば、受けたダメージはすべてパワーアップのための源だと思うことだって出来ます。

考え方、思い込みひとつで、これまで抱いていたイメージがガラリと変わることもあるので、まずは試しに自分はしたたかな植物なのだ、あるいは実はサイヤ人なのだと思いこんでみましょう。

もしかしたら景色が変わるかもしれません。

しかし、それでもダメなら、無理してとどまる必要もないと思います。

いろいろと経済的な負担や、気持ち的なダメージはこうむるかもしれませんが、やっぱりストレスの蓄積は命を削る行為だと思うので、「逃げる!」。

そして逃げながら次の手を考える、逃げた後で次のことを考える、でも良いとは思います。

しかし、後先のことをまったく考えずに、いきなり飛び出して、そして後で「あまり考えなかったこと」を後悔するよりは、まずは、発想を転換することで持ちこたえられるのであれば、それに越したことはないとも思うんですよね。

まずは、「自分って実は植物なんだ」思考法を試してみましょう。
いずれにしても、何かが変わるはずです。

記:2020/03/24

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