タブラ・ビート・サイエンス/ターラの子宮
2015/05/29
年末から正月の間、我が家でかけっぱなしのCDが、『タブラ・ビート・サイエンス/ターラの子宮』。
理屈抜きに、本当に気持ちの良いサウンドだ。
どんな音楽なのか一言で強引にまとめてしまうと、クラブで流れるようなダンサブルなエレクトリックサウンドに強烈にタブラが絡んだサウンド、とでも言うべきか。
ドラムンベース調のチューンもあれば、アンビエント色の濃いサウンドもあるし、ドラムのサンプリングパターンのループに過激なエフェクト処理を施されたタブラが絡むという曲もあり、多種多様なサウンドが楽しめるアルバムだ。
タブラ。
弦楽器のシタールとともに北インドのヒンドゥスターニー音楽を代表する打楽器だ。
ロックに詳しい人だったら、「ああ、ビートルズやザ・バンドも使っていた、60年代のサイケなサウンドに使われていたインドの楽器ね」とピンとくるだろうし、ジャズ好きならば、「エリック・ドルフィーの『アザー・アスペクツ』や、マイルスの『オン・ザ・コーナー』でも使われていたインドの打楽器か」と反応が返ってくると思う。
ようするにパーカッションなのだが、音色が独特で、このサウンドを聴けばインド音楽やワールド・ミュージックに特に詳しくない人でも、「なんとなくインドな感じ」がするという、ある意味民族色の非常に強い楽器ともいえる。
コンガ、そしてボンゴはポピュラー音楽ではお馴染みのパーカッションだ。ロックやファンク、そして時折ジャズでも使用されるコンガは、ドラムスのサウンドによく溶けこみ、リズムに粘りと色気をもたらす。
コンガもキューバ音楽や南米のサンバなどでは欠かせないパーカッションで、ジャズやロックではベースやドラムスがリズムの主導権を握っているのにたいして、これらの音楽ではコンガがリズムの中核となる。
これら二つのパーカッションの音色はどちらかというとアンサンブルに非常に綺麗に溶けこみ、サウンドに色彩とバリエーションを添える音色だ。
楽器の音色単体に魅力がないというわけではなく(むしろ魅力的でエロティックですらある)、他の楽器を邪魔しない、干渉しない音色とでもいうべきか。
一方、タブラの音色は上記コンガやボンゴと比較すると、主張が強い。
目立つ音色、とでもいうべきか。
リード打楽器、というと変な造語になってしまうが、演奏にタブラが参加するだけで、主役がタブラになってしまう。
タブラをフィーチャーした曲という趣きが強くなるし、先述の「民族色が強い」ではないが、その独特な音色ゆえに一聴「インドな要素」の強い音楽だね、になってしまう。
音色を無理矢理文字に当てはめると、コンガの「ポンポン」、ボンゴの「コンコン」に対して、タブラは「ケンケン」「カンカン」だ。
乾いて、よく通る多少甲高い音。
そしてこの音色は、打ち込みのビートにも非常によく合うことを証明しているのが、この『タブラ・ビート・サイエンス/ターラの子宮』だ。
インドの古色蒼然とした伝統の民族楽器だなんてとんでもない。
むしろ過激なデジタルミュージックのために作られた新しい楽器なのでは、とさえ感じてしまうサウンドだ。
もちろん、タブラの使い方もあるのだろう。曲によってはエグいほどにフランジャーをかけて過激にうねらせている場合もあったりする。
ビル・ラズウェルのプロデュースも大きな効果をもたらしているのかもしれない。
とにかく、このアルバムのグルーヴは目眩がするぐらい過激でスゴい。軽いトランス状態に陥るといっても過言ではない。
もとよりインドの音楽は鑑賞するためにあるのではなく、瞑想や悟りの手段として用いられるのだという。
よって、リズムのパターンも一定の周期のパターンの繰り返しが基本となっている。
「拍」のことを「タール」と呼び、このタールは「マートラ」と呼ばれる一定の周期のリズムパターンの繰り返しで構成されている。ちょっと専門的だが、マートラには16拍子のティン・タール、シタール・カーニー、9拍子のマット・タール、7拍子のルーパク・タールなどのパターンがある。
このすべてに共通しているのは、強調して演奏される部分「サム」に帰結するということ。輪廻、あるいは天体の運行のように、インド的な思考が入りこんでいるのかどうか定かではないが、とにかく繰り返しが基本のインド音楽に、ループさせたデジタル・ビートはよくマッチするうえに、両者の反復がさらなるトランス状態へと誘うのかもしれない。
このアルバムでのタブラ奏者はザキール・フセイン。インドの伝統音楽のみならず、ジャズやロックなどのミュージシャンとも共演しているという、現代を代表するタブラ奏者だ。
以下はライナーからの引用だが、彼はタブラの6流派のうちのパンジャーブ派のハリーファー(継承者)、カデル・バクシュの直弟子で、シタール奏者のラヴィ・シャンカールの長年の盟友で共演者でもあるタブラ奏者ウスタッド・アラ・ラカ・カーンの息子だそうで、父からはパンジャーブ派の奏法のみならずファルーカーバード派のアハマド・ジャーン・ティラクワーにも師事したり、南インドの奏法を取り入れたりしたりと(フー疲れた…)、なんだかスゴイ出生と経歴らしい。
ビル・ラズウェルのサウンド、ザキール・フセインの超絶技巧のタブラをミックスやエフェクトなどでまとめ上げているのが、タルヴィン・シンというロンドン在住のタブラ奏者でもあり、DJでもあり、プロデューサーでもあるインド系ミュージシャンだ。
私は彼の名前は知らなかったが、ビョークやマドンナなどのアルバムやツアーに参加しているそうで、その筋(UKクラブ・シーン)では有名なアーティストのようだ。
まぁ、参加ミュージシャンのパーソナル・データや、インド音楽をまったく聴いたことのない人でも、理屈抜きでカラダで楽しめるサウンドであることは間違いない。
新鮮な驚きと、刺激になることだろう。
とりあえず、今年一発のお勧めCDということで。
album data
タブラ・ビート・サイエンス/ターラの子宮
発売元:ビデオアーツ・ミュージック/(株)IMAGICAメディア出版
■フィーチャリング・マスター・パーカッショニスト
ザキール・フセイン
タルヴィン・シン
トリロク・グルトゥ
カーシェ・ケイル
ウスタッド・サルタン・カーン
■サウンド・コントラクション
ビル・ラズウェル
■アディショナル・プロダクション
タルヴィン・シン&カーシュ・ケイル
1、秘密経路
2、マグネティック
3、音の迷宮
4、ドント・ウォーリー
5、占術
6、祈祷
7、ビッグ・ブラザー
8、トライアングラー・オブジェクツ
9、バイオテック
10、アラー
記:2001/01/05