海でのはなし。/試写レポート
2019/09/02
宮﨑、西島コンビ
先日、試写で観た映画は『海でのはなし。』。
主演は、宮﨑あおいと西島秀俊。
そう、NHKの連ドラ『純情きらり』のコンビ再びって感じですが、彼らの共演は連ドラ以前にもあり、石川寛監督の『好きだ、』がありますね。
この映画は、2005年に観た映画のベスト3に入るぐらいのお気に入りです。
さすが、CMを手がけていた監督の作品なだけあって、空間の切り取り方が非常に上手。テレビCMのロングバージョンが、そのまま映画になっちゃった、って感じでもあります。
実際は、この映画では、宮崎あおいと西島秀俊のからみはないんですが、宮崎あおいは、永作博美の高校時代の役。で、西島秀俊は、大人になった瑛太です。
つまり、
宮崎あおい(高校生)→永作博美(現在)
瑛太(高校生)→西島秀俊(現在)
どなるわけですね。
なんと、宮崎あおいが17年後には、永作博美に変身し、
あの瑛太が17年後には、西島秀俊に変身するのです(笑)。
変身というよりは成長、ですね。
違和感ある?
うん、私も観る前は、そう思ってました。
オタマジャクシがカエル、芋虫が蝶ぐらいの変化じゃねーの?って思いました。
ところが、ところが、実際観てみると、全然違和感ないんですよ。
宮崎→永作のラインが非常に綺麗につながっている。
瑛太→西島のラインも同様です。
この映画の良いところは、息詰まるほどのリアルな出演者の息遣いが、こちらの伝わってくるような、そんな温度を感じさせる映画だったのです。
セリフも即興が多かったみたい。
だから、独特の間があるんですね。
そういえば、私、セリフが即興の映画って好きだなぁということを思い出した。
『リバイバル・ブルース』とか『珈琲時光』とか。
この2本の外国人監督による日本の映画も、セリフは完全に即興です。
もっとも、セリフが即興だから好きだというわけではありません。
いいなぁと感じた映画が、たまたま即興だということが多い、といった方が正確かもしれませんね。
セリフが即興だったってことは、いつも観た後で知るわけで、鑑賞前にはそういう情報は知らずに観ているのです。
で、良かったなぁと思った映画にかぎって、あとで配給会社の人などに話を聴くと、セリフは即興だったっことを初めて知るわけで……。
やっぱり、ジャズもそうですが、即興って、生々しさを演出するのには最適な手段かもしれません。
しかし、もちろんそれは両刃の剣でもあり、実力の無い人が挑むと大ヤケドを負いかねない、危険な手段でもあります。
感性の反射神経を問われる過酷な行為でもあるのです。
しかし、うまくいけば、訓練で練り上げられたものを上回る成果を収めることもあり、ま、一種の大博打的手法ではありますね。
ま、映画もジャズのレコーディングも、録りなおせば良いだけの話ですが…。(ただし、マイルスもパーカーもファーストテイクにこだわったように、回を重ねるほど鮮度は落ちる)。
というわけで、「好きだ、」は、永作博美と西島秀俊の即興の掛け合いが非常にうまく作用したリアルな触感を楽しめる映画ではありました。
……あらら、話が『好きだ、』のほうになっちゃった。
『海でのはなし。』に話を戻しましょう。
これはもう、スピッツ好きには是非観てもらいたい映画です。
スピッツの曲がいたるところでかかる。それも、かかりっぱなし。
このシーンと、この歌はミスマッチじゃない?と思うような箇所でもガンガン最初から最後まで流しっぱなしのことが多い。
だからといって、スピッツの音楽のプロモーションビデオ的でもなく、メインはあくまで映画のシーン。
これは、ありそでなかった手法かもしれません。
ただ、アイデアの空回りに終わっているような、結果的に音楽とシチュエーションに齟齬が生じているようなシーンが散見されたのが、ちょっと残念といえば残念。
私、スピッツの曲って、ほとんど知らないのですが(恥ずかしい話ですが、スピッツとミスチルの区別もよく分からないほど)、ファンが観たらどういう感想を持つのか、是非感想を訊いてみたいと思います。
上映時間は71分なので、ちょっと短めのストーリー。
話自体には大きく起伏があるわけではなく、どちらかというと、上記2人の心の動きを丹念に描いた作品です。
スピッツの曲を理解していれば、もっと主人公たちの心情を理解できたのかもしれない。
残念ながら私は1曲をのぞけば、すべて知らない曲だったので、椎名林檎の曲を頭の中で無意識に選曲したりしてました。
ああ、ここの部分は《すべりだい》だな。うーん、海のシーンは《眩暈》かなぁ。大学の研究室でウォークマンのシーンはオレだったら《メロウ》かなぁ、なんてことを考えながら選曲してました。鑑賞態度としては邪道ですね……。
記:2006/10/24