カフェモンマルトル

text:高野雲

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奄美・歴史探索の旅 7

   

text:高良俊礼(Sounds Pal)

「奄美・歴史探索の旅 6」の続きです。

境内の奥へ奥へ

水場を横切るとすぐ先が上り坂になっている。

鳥居をくぐった時から急に外の世界とは明らかに空気の違う「境界」を感じたが、この水場から先の細い参道の向こうには、更なる異世界があるような気がした。

細く伸びる自然の傾斜を利用した未舗装の道の先を見るが、そこから先は見えない。まるで山の懐に潜り込んで、その体内にいるような錯覚すら覚えそうな雰囲気だ。

ちょっとした覚悟を決めて参道を行く。

「ザッ、ザッ、ザッ」と、人の気配のない山奥に、自分の足音だけが響き、その音が当たりの静寂に掻き消されてゆく。

参道を登りきる。

ここから先、勾配が続くのかと思ったら、程なく歩いて広場のような所に出た。

社殿も何もない、だだっ広い空間である。



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巨大な岩

左手には石碑、よく見ると、陸軍少将某と書いてあり、この古めかしい石碑だけが、この場所を「報国神社」と示すものらしい。

石碑のスペースを脇に見て、広場の奥を目指す。そこには石碑の所より更に広い空間が広がっていた。

その一番奥には、ちょっとした祭壇のコンクリートの向こうに岩。

恐らくこの岩が「ご神体」として祀られているものだろう。ことは、状況から容易に推察できた。

祭祀の中心に岩を添えるのは、古神道でよく見られる「磐座(いわくら)」の信仰形態だ。

かつて古代の人々は、自然石を依り代として、神を祀る特別な時にそこを清めて集い、降臨を行った。後に「神が常駐する場」として社殿のある神社が作られる、これは遥か昔の信仰である。

同じように奄美には「イビ」という信仰の形態がある。

集落の重要な場所に神の依り代としての石を置き、特別な日にこのイビを神に見立てて祭祀を行う。いずれも「神は大自然の中にます」という、古くからの宗教以前の自然信仰(アニミズム)の精神がかいま見られる。

ところで、ここにあるこの巨大な岩は「どっち」なんだろう?

神宮遥拝所

この場所が「報国神社」になる、恐らくは昭和初期から明治以前の時代から、脈々とつづく「神拝み」の名残り、つまり「イビ」として祀られていたものか、神社として整備する時に、本土の磐座を模して誰かに運ばれてきたものか、可能性としてはどちらも考えられる。

祭壇の傍らには「神宮遥拝所」と彫られた石。

「神宮」とは、恐らく伊勢神宮のことだろうなと思いながら地面にコンパスを置いて方位を見ると、北北西。
微妙に伊勢神宮の方角とは向きが違う。

ということは、この岩は国家神道の一環に組み込まれる前からこの場所に鎮座し、人々の信仰の対象だった可能性が高い。

そう考えると、何となくこの場の「明治より以前」が見えてきそうでワクワクする。

岩に塗られたセメント

一通り参拝をして、私はしばらくこの場でボーッと空想を巡らせることにした。

広場の中央、地面に腰を下ろし、丁度休憩に最適な木の幹にもたれかかる。

目を閉じる、遠くで鳥の声、近くでは風が微かに草木をさする音。

おがみ山から歩いてどんどん山奥に入り、自分は無音の中にいると思ったが、非常に微かな自然の音が、実際はそこかしこで鳴っている。しかし、この状態が「無音」よりも静かな「静寂」であると、ぼんやりしながら勝手に思った。

しばらくぼんやりして、そろそろおいとましようと、もう一度挨拶のために岩に向かった。

今度はじっくりと岩を見たが、どうもひとつだけ気になる部分があった。

それは岩のてっぺんである。

この岩自体は全くの自然石であるが、てっぺんに四角くセメントが塗られ、何かを置いていたとおぼしき形跡がある。

これがやや「怪訝」なのだ。

いや、私はそもそもナチュラリストでもないので、何でもかんでも自然のままがいいなどとは普段からあまり思わないが「ご神体だろ?」と考えたら、どうにもこのベタに盛られたコンクリートが不自然で作為的なもののように思えてならない。

「これは一体どういうことなんでしょうかねぇ・・・」

思わず声が出てしまったが、人っ子ひとりいない山奥でそんなことを呟いて、誰かが答えてくれる訳でもない。

とりあえず「リフレッシュできました、どうもありがとうございます」と、礼を言って岩の前から立ち去った。

招魂碑

ここでふと「周囲を散策してみよう」と思った。

さっと見た感じでは、この広場以外にこの場所には何もないように思える。だが、どうしても周囲の鬱蒼とした森の中が気になる。

説明するには少し複雑な地形だが、この場所岩に向かって右手はストンと落ち込んでいるちょっとした断崖で、左手はやや低くなっていそうな森である。意識を集中して森を観察していると、どうも何かが濃い。

何が「濃い」のかそれは分からないが、分からないから行くのだ。

ザッザッザッ、静寂の中にやや忙しい足音を響かせて私は薄暗い森の中に入って行った。

そこは数メートル低くなっていて、草も相当に生い茂っていたが、やはり広場として使われていたとおぼしき空間が広がっていた。

最も広くなっている所に出て上を見上げて私は「あっ」となった。

先ほどの陸軍少将の石碑、丁度見上げた先にあるのだ。そしてこちらを向いている石碑の背面に

「招魂碑」

先ほど石碑の正面だと思って見ていたのは実は背面で、ここが正面になる。

つまり「ウガンジョ」的な広場とは別の広場がここにあり、ここがつまり招魂碑を祀る、いわば「報国神社」としての祭事場のようなのである。

「ほおお・・・」

声にならない声を出して、一応「どういう場所か」を胸に収める。

更に周囲をあれこれ探っていると、岩の上のコンクリートの台座に置かれた石。

一見仏像のように見えるが、「たまたまそんな形になっている自然石」を置いてあるようだ。

似たようなものが足元にも立っていた。

こちらは何にも固定されてない、無造作に打ち棄てられているようにも見える。

もしかしたらこれが岩の上に置かていて、何らかの事情でコンクリートの台座から外されてここにあるものなのかも知れない。

永田山ウガンジョ

「永田山ウガンジョ」は、人里離れた場所にありながら複雑な歴史の多くの謎を示してくれた。

あれから私は折を見てはちょくちょくここに訪れている。

最初の方こそ「何か解き明かしてやろう」という気持ちがみなぎっていて、それは今も多少はあるが、片道1時間程の山道を往復するのはいい運動にもなるし、何よりあの「静寂」が心地良いのだ。

text by

●高良俊礼(奄美のCD屋サウンズパル

記:2017/02/06

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