パイロットの六割頭・ベース弾きの六割頭

      2024/01/06

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私が尊敬する、第二次世界大戦中の撃墜王、故・坂井三郎氏の著書を読むと、その中に「パイロットの六割頭」という言葉が出てくる。

人間は飛行機を一人で操縦して空へ上がると、地上にいるときの六割ぐらいに思考力、判断力、五感が低下するのだという。

本当に4割も低下するのかどうかは分からないが、それぐらいの覚悟で空に上がらないと、ちょっとしたうっかりミス、思い違い、早合点、思いこみなどが命にかかわるとのこと。

最終的には命のやりとりをしなければならない戦闘機のパイロットだが、空戦以外にも操縦中には様々なことをこなさなければならないし、神経も使う。戦闘時以外も、常に生命の危機を感じながら操縦をしているのだそうだ。

エンジンの調子の心配、計器の点検、刻々変わる機位の確認、自分の声さえまったく聴こえない騒音、燃料の残量への配慮、酸素の不足、孤独感、天候の変化などの要因に、気圧の低さも加わって、頭の働きが地上の六割ぐらいまでに低下してしまうとのこと。

実際、坂井氏は、九六艦戦に乗って、実用上昇限度の高度の9800メートルの上空で、地上から持ってきた簡単な算数の問題を解く実験をしてみたことがあるのだそうだ。

地上では難なく解けた問題も、高度9800メートルの上空にもなると、ただ難しいと感じるだけで、なぜ解けないのかを考えることすらしなくなる。

高度を下げ、7000メートルで問題に挑むと、苦労はするがなんとか解ける、5000メートルでやってみたら、まあまあの成果。着陸して一服つけながらやってみると「何だこんなもの!」と思うくらい簡単に解けてしまったという。

とにかく人間は、カラダも神経もデリケートで、外的な要因の変化次第で、発揮出来る実力にも著しく変化が生じるということは、以上の話からもよく分かることと思う。

ベース弾きにも同じことが言えるのではないだろうか?

ライブをやったことがある人は分かると思うが、練習の時ほどはウマく演奏できなかったことの方が多いのではないだろうか?

「いつもは、こんな感じではなかったのに」
「もうボロボロだったよ」

ライブ後に、こうコメントした記憶のある人も多いのではないのだろうか。

しかし、残念ながら、それがアナタの実力です。

自分が認識している実力を10だとすると、人前で発揮出来る実力は、せいぜい六割から七割だと思っておくぐらいが丁度良いのだと思う。

100%発揮出来る人は、非常に幸福な人だ。

音楽は、人に聴かせてナンボのもの。

だったら人に聴かせる時のコンディションが自分の実力と認識すべきだ。

人に見られていると、やはり緊張するし、初めての会場だと勝手が分からずとまどうことも多いかもしれない。

さらにアンプでの音づくりをじっくり出来るほどの時間的余裕がなかったり、PAとのコミュニケーションがうまくいかなかったりすると、ベースを弾いているときの「手応え」が全然違う。

モニターからの「返し」の状態が悪かったりすると、「いつもの調子」ではなかなか弾きづらい。

上がり性の人はコード進行や曲の構成を忘れてしまうかもしれない。

また、事前にメンバー同士で決めていた細かな約束事なども綺麗サッパリ忘れてしまっているかもしれない。

そう、「ベース弾きの六割頭」だ。
もっとも、他のパートも六割頭になっている可能性も高いが。

だから、日常的に我々が心砕くべきことは、練習時の10と、人前での6,あるいは7の差を少しでも縮めることなのだ。

数をこなして場慣れするもよし、練習に練習を重ねて、10を12にも13にする努力をするもよし、気付いたことは、どんな些細なこともメモを取り、今後の課題にするもよし、とにかく人前で実力を発揮できなければ意味は全くないことは肝に命じておこう。

どんな人間にも失敗はつきもの。大事なことは、同じ失敗は二度と繰り返さないことだ。

もし失敗したら失敗はライブ終了後に、すぐにメモを取るようにする。
メモを書くことによって漠然としたモヤモヤを具体的に言語化してしまう。

それだけのことでも、次回からは同じ失敗は繰り返す確率がグッと減る。もっとも、技術不足による失敗は、練習を積まなければならないことは云うまでもないが。

出来るだけ早くメモを取る必要があるのは、メンバーで打ち上げをやっている頃には綺麗サッパリ忘れてしまう可能性が高いから。

結果、「前回のライブはダメだった」という単なる「思い出」しか残らない。

直すべきポイントも分からないまま、次のステージに臨み、同じ失敗を再びステージ上で繰り返す。ミスを犯して、はじめて「しまった、前にも間違えたところじゃないか、もっと練習しておくべきだった!」と気が付く。

これでは、いつまでたっても成長出来るわけがない。

戦闘機の戦闘は、少しのミスが命を奪う可能性もあるが、少なくともベーシストは演奏中のミスで死ぬことはない。臆せずに、どんどんトライアル・アンド・エラーを繰り返そう。そして、ミスした箇所は徹底的に潰して次回に臨もう。

誰もがこれを繰り返しながら、少しずつ上達してゆくのだと思う。

記:2001/09/22(from「ベース馬鹿見参!」/ザ・ベース道)

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