ザ・ソング・オブ・シンギング/チック・コリア

   

わかりやすい「前衛」

私がチック・コリア奏でるアコースティック・ピアノが好きな理由は、1にも2にも、彼ならではの明晰さと透明感があるから。

明晰さとは、分かりやすさと言い換えても良いかもしれない。

だから、分かりやすいピアノを弾く人が《スペイン》のようなキャッチーな曲をやるよりも、私はサークルや『A.R.C』、そしてこのアルバムのような前衛がかったピアノを好む。

難解そうに聴こえるアグレッシヴなアプローチも、チックのピアノはどういうわけか、とても分かりやすい。

世評では「失敗」と断じられているサークルの諸作も、私にとっては分かりやすく親しみやすい前衛作品に聴こえる。

「失敗」と称されるのは、商業的には……、ということでしょう?

音楽的に失敗とは思えない。

少なくとも私には。

だって、気持ちいいじゃないですか。ヒンヤリと鋭角的で。

ピンと張り詰めたこの空気感を保ちつつ、語弊があるかもしれないが、ポップな難解さが、好奇心旺盛な耳をコチョコチョとくすぐってくれるのだ。

この試みで、あと数枚は出して欲しかったなと思う。

チックの表現の「分かりやす」さの源泉は何だろう?

それはおそらく、タッチとタイミングによるものだと思う。

彼のタッチはブライトだ。さらに軽やか。

あるいは、軽い。

ノリに関しても、言い方悪いが、ヒョコヒョコとしているので、大袈裟に言えば、何を弾いてもポップに聴こえる。

同じ内容をセシル・テイラーのようなピアニストが弾くと、そうはいかない。

彼が弾くと、荘厳、かつ緊迫感あふれるピアノに聴こえてしまう。

チックとテイラーは、ある時期、やっている音楽のアプローチが似通っていたとはいえ、聴こえてくるサウンドのテイストはまったく異なるものだった。

このアルバムも、そう。

「聴きやすい前衛」っぷりが全開で、ダークでへヴィな気分にならずに、サラリと脳を刺激してくれるようなアプローチなのだ。

代表作『A.R.C.』でも演奏されているが、ショーターの《ネフェルティティ》の演奏が興味深い。

マイルス・デイヴィスの『ネフェルティティ』での演奏は、どこか暗闇に溶け入りそうなダークかつミステリアスなフレヴァーが魅力だったが、チックが弾くとかなり理知的な響きになるところが面白い。

マイルスのヴァージョンを、様々な色彩を塗りこめた油絵だとすると、チックの演奏のテイストは、CG画。描く対象は同じでも、それほどのテイストの差がある。

もちろん、どちらが良いかは好みの問題。

私は両方好きだが。

ベースのデイヴ・ホランドは、マイルス・デイヴィスのバンド(通称ロスト・クインテット)で、一緒に活動していた盟友。つまり、互いの癖や出方などは熟知しあった関係なので、ここでの演奏も息がピッタリ。

ホランドの一筋縄ではいかないベースは、ここでも健在だ。

太く、空間をこねくりまわすように動き回る。

チックと相性の良いベース奏者は?

スタンリー・クラークでも、ジョン・パティトゥッチでも、アヴィシャイ・コーエンでもなく、私にとっては、デイヴ・ホランド。

それは、このアルバムの息のあった絡みを聴いていただければ、おわかりの通り。

ドラムのバリー・アルトシュルも、この二人のコンビネーションに寄り添うように、手堅くサポートをしている。

記:2007/09/28

album data

THE SONG OF SINGING (Blue Note)
- Chick Corea

1.Toy Room
2.Ballad I
3.Rhymes
4.Flesh
5.Ballad III
6.Nefertitti

Chick Corea (p)
Dave Holland (b)
Barry Altschul (ds)

1970/04/07-08

 - ジャズ