デイ・トリップ/パット・メセニー

   

パット・メセニーは、新譜が出るたびに、「今度はどんな内容なんだろう?」とハラハラさせるミュージシャンの一人だ。

あとは、個人的にはチック・コリアとハービー・ハンコック、在命中はマイルス・デイヴィスも、「今度はどんな内容なんだろう?」と期待を膨らませるジャズマンだったが、いずれにしても彼らに共通しているのは、その実力もさることながら、切り口&コンセプトの多彩さと、豊富な人脈といえるだろう。

つまり、様々な音楽性を持つミュージシャンとの共演から生み出されるサウンドカラーの違いが「今度はどんな内容なんだろう?」という興味のもっとも大きな焦点でもある。

パット・メセニーの『デイ・トリップ』は、ベースがクリスチャン・マクブライド、ドラムがアントニオ・サンチェスという、現代ジャズシーンの中においては最高峰に位置するほどの実力者と組んだ、ギタートリオのアルバムだ。

ギタートリオといえば、メセニーは過去にもいくつかのギタートリオでの作品を残している。

ジャコ・パストリアス(el-b)とボブ・モーゼス(ds)との『ブライト・サイズ・ライフ』。

チャーリー・ヘイデン(b)とビリー・ヒギンズ(ds)の『リジョイシング』。

デイヴ・ホランド(b)とロイ・ヘインズ(ds)の『クエスチョン・アンド・アンサー』。

ラリー・グラナディア(b)とビル・スチュワート(ds)の『トリオ 99-00』などなど、おそらく多くのメセニーファンが、新たなギタートリオのアルバム『デイ・トリップ』に対しては、バックのリズムセクションの変化がもたらすサウンドテイストに興味を持ったにちがいない。

「今度のメセニーは、どんな内容なのだろう?」という興味の多くは、「今度のメセニーは、どんなリズムセクションだろう?」という好奇心も何割かは占めているに違いない。

なにせ、マクブライドもサンチェスも今やおしもおされぬ人気とキャリアを誇る実力者なのだから。

結論を言うと、このトリオのサウンドは、穏健な演奏ながらも随所がエキサイティング。

つまり、「テクニシャンはテクニシャンは知る」ではないが、超絶技巧を演じようと思えばいくらでも出来る人たちでありながらも、さすがに実力者同士の交感は、自分の音を誇示するよりも、相手のプレイを聴くことのほうに比重が割かれている。

もっと言ってしまえば、自分のプレイが及ぼす相手への影響、相手の音の反応に聴き入り楽しむという高度な境地に達している。

よって、先述したとおり、バックのリズムは堅実。手堅い。

マクブライドのベースは、確実にメセニーのギターを弾きたてつつも、ベースソロでは太く温かい音で素晴らしい速弾きをさりげなくしてみせる。

サンチェスのドラミングも、シンバルの細かな刻みが心地よく、煽るところはグッと瞬間的に前に出てくるレスポンスの素早さは見事なものだが、手数の多さが気にならないサポートに徹している。

メセニーのギターは、独特の音色から、フレージング、スピード感は、本当にいつも通りのメセニー。なので、メセニーファンの方は安心して聴いて欲しい。

一流のリズムセクションに鼓舞されながら、どこまでも気持ちよく、のびのびと広がりのあるギターを弾いている。

この広がるような感じに、さらにサンチェスのドラミングによりスピード感も加わり、穏健ながらもスリリングな要素も常に孕むという、矛盾しているようでしていない、絶妙な共存が素晴らしい。

これはこれで、メセニーの過去のギタートリオのアルバムの中でも、聴きやすさ、親しみやすさ、通しで聴いても飽きない構成など、地味なようでいて、かなり神経の行き届いた内容のアルバムだと感じる。

もっとも、一曲だけ肌ざわりが微妙に異なるのは、《イズ・ジス・アメリカ?》だろう。
カトリーナ2005というサブタイトルは、このアルバムがレコーディングされる2ヵ月前の2005年8月にアメリカの南部を襲った「ハリケーン・カトリーナ」のことだ。

特に、ルイジアナやニューオーリンズに大きな被害をもたらしている。
ニューオーリンズにおもむいたメセニーが、その惨状を目にし、この曲を作曲したという。

アコースティック・ギターで奏でられる素朴で美しいメロディ。
静かに淡々と進行してゆく内省的なこの演奏は、逆にかえって、内側にぐっと押し殺した様々な情感が逆に浮かび上がってくるようで、このアルバムの中では、もっとも耳を掴んで離さないナンバーだ。

最後に、このCDのアートワークにも触れておきたい。

ヘタウマチックながらも味わいのあるイラストが、このCDを彩っている。

表ジャケットが、都会のストリート。
裏ジャケットが、上空に旅客機が飛ぶのどかな牧場。

中ジャケに、アメリカ大陸横断鉄道、白頭鷲(アメリカの国鳥)、寂れたガススタンド、ハイウェイと大型トラック、おそらくはニューオーリンズの街風景、オープンカーとウサギ……。

いずれの風景も、リアルタイムのアメリカではなさそうだし、かといって古き良きアメリカの風景でもなく、どの時代の匂いもたずさえた「無国籍」ならぬ、アメリカの普遍的「無時代」的風景。

メセニーの変わらぬ音楽観に横たわる、彼自身のアメリカ的風景がこのイラストに投影されているのでは? と見るのは深読みのし過ぎかもしれないが、見事にメセニーの音の質感をすくいとったテイストではある。

音のみならず、アートワークも楽しめるCDなのだ。

記:2009/06/03

album data

DAY TRIP (Nonesuch)
- Pat Metheny

1.Son of Thirteen
2.At Last You're Here
3.Let's Move
4.Snova
5.Calvin's Keys
6.Is This America? (Katrina 2005)
7.When We Were Free
8.Dreaming Trees
9.Red One
10.Day Trip

Pat Metheny (g)
Christian McBride (b)
Antonio Sanchez (ds)

2005/10/19

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