60年製プレシジョン購入記 ~ついに買ったぜ、究極の逸品!
「惚れっぽい男」な私だが、惚れる対象は人間とは限らず、むしろ、それ以上にベースに惚れやすい。
先日も、一目惚れしてしまった。
オールドギターのショップを覗いたときだ。
新しく入荷したフェンダーの60年製のプレシジョンを目の当たりにしたときは、ドドーンと背中に衝撃が走った。
う、このベースは俺に弾かれたがっている。
勝手にそう思っちゃったね。
あいにく、担当者は他の客を接客していたので、このベースについての詳しい話を伺うことも、弾かせてもらうことも出来ずに、いったんその場を後にした。
仕事の打ち合わせもあったしね。
しかし、この後の打ち合わせ中にも、60年プレシジョンのことが頭から離れず、打ち合わせ中は上の空。
店長に電話をして、
「店長がいないときに、お店にお邪魔したんですけど、いいモノが入荷してましたよね」
と言うと、
「ふっふっふ、アナタが気になって気になって仕方がないのは、ズバリ!60年製のプレシジョンでしょぉ?」と、返してきた。
う、完全に私の好みを読まれている。
「ど、どうして、まだ何も言ってないのに分かるんですか?」
「そりゃ、分かりますよ。アナタの好みはバッチリ把握してますからね。」
10年近くのお付き合いなショップなだけに、私の嗜好は完璧に店側に把握されているようだ。 まいったな。いや、嬉しいんだけど。
「で、あのベース、すっげぇ気になるんですけど。
店員さん、忙しそうだったからまだ試奏はしてないんですけどね」
と言ったら、
「弾かなくてもね、ベースってのは、第一印象、直感が大事なんです。あれは、すっげぇいいベースなんですよ。やっぱりピーンときましたか!」
「ええ、ピーン!どころかズッドーン!ですよ。もう気になって気になって仕事が手つかないんですよ」
「ははは、やっぱりそうですか。ボクもねぇ、あれをダラスから引っ張ってきたときは、ホント、家のローンさえなければ、自分のものにしたいほど気に入ってますからね」
「てことは、結構な値段なんですよね? おいくらなんですか?」
「9、4、5。ってとこですねぇ。ま、アナタのことだから、もう少し勉強しますよ!」
「うー、9、4、5ですか、たしかに高いですね。しかし、それぐらいの価値はあるってことよねだ。ますます気になる。えーとですね、あとでお店にもう一度訪問しますから、売らないで取っておいてくださいね。とにもかくにも弾いてみたいから」
そう言って電話を切った。
電話をしてから、1時間後、仕事は適当に済ませて、早速楽器屋へ。
「お、早速来ましたね」
と、店長。
弾いてみた。
ズドーン!どころではなく、もうこのベースを抱えた瞬間に私の脳髄は痙攣を起こし、4弦の解放をボーンとはじいた瞬間、重たい低音が腰と股間を直撃した。
軽くブルースのラインをウォーキングしながら、既に脳は陶酔の境地。
この段階において、男女間における体力遊戯に換算すれば、射精3回分の体力と、中枢神経および大脳古皮質が刺激されまくった計算になる。
さらに、私が大好きなベースライン、椎名林檎の《虚言症》のサビを弾いてみた。
滑らか、かつ、腰のある美しくも力強い音色がアンプから流れてきた。
あ、こう書くと、私が美しく力強いベースを弾いているように誤解する人も出てくるだろうから、それは違う。
私が美しいベースを弾いているのではなく、ベースが美しい音を発しているのだ。
もっと言うと、このベースが私に腰のあるラインを弾かせているのだ。
トーンをゼロにして絞って弾いていた私だが、今度はトーンを全開にして弾いてみた。
うわ、すっげぇ!
えげつないほど、迫力のあるブリブリサウンドが、今度は腹を直撃した。
気品と力強さを兼ね備えた音色がトーンを絞った音だとすると、トーンを全開にしたときのサウンドは、まるで荒くれ武者だ。これは凄い。
この音は、轟音ギターや、叩きまくりドラムと合わせても充分に潰されずに存在感を主張出来る音だ。
もう、この段階ですでに、さらに射精4回分の快感を経た私。
つくづく「ベーシストは女にモテる」のではなく、ベースのサウンドが女を狂わすのだなぁと思った。
えらいのはベースであって、それを弾くベーシストは偉くもなんともないのだ。
この心地よい敗北感は、相手が45年以上の戦歴を経て、なおも素晴らしい音を放つプレシジョンベースだからこそ感じたこと。
欲しい!
こいつをモノにしたい。
強く思った。
「買う」
一言呟いていた私。
言ったあとに、そういえば94万はどうしようという思いが頭の中をめぐったが、そんなことよりも、まずは、こいつをオレのものにすることこそが、全宇宙的においても今の私の最優先課題であって、それ以外のことなど瑣末なことに感じたのだ。
欲しいぞ、欲しいぞ、欲しすぎる。
現在持っている楽器のすべてを下取りに出しても、こいつは手に入れる。
「オレの今後の人生は、このベース1本でいってもいいのかもな」
と呟くと、
慈悲深い目で私のことを見ていた店長は、
「このベースはその価値は充分ありますし、それもまたひとつの人生でしょう」
と深く頷いてくれた。
よし、買う。
手に入れる。
近々、このベースは私の体にすっぽりと収まり、悩ましげな低音を放出しまくることになるだろう。
わはは、待ってろよー。
買った
……と、上記の文章を書いたのが、プレシジョンを店頭で見かけた2005年の4月27日。
で、例の60年モノのプレシジョンベースだが、本日、2005年4月29日、ついに手に入れた!
わははは。
65年もののベース2台は、手放した。
かなり勿体無かったけれども。
写真を見ると、「うわっ、汚ねぇ、バッチぃ!」と思われる方もいらっしゃるでしょう?
ええ、たしかにボディは塗装のハゲやキズだらけです。
こんなボロボロのベースのどこがイイ音すんの?
そう思われるかもしれません。
しかし、違うんだなぁ、見るポイントが。
指板の写真を見てみましょう。
目の詰まった、密度の濃いハカランダ(ブラジリアン・ローズウッド)の指板。
吸い込まれるような深い色に、指にやさしいシットリとした感触。
この状態の良い指板とボロボロのボディを見るだけでも、前の持ち主は、このベースをとても大事にしていたことが分かる。
しかも、ただ大事にケースにしまっていたのではなく(綺麗な状態で保存されていたものをミントという)、第一線で活躍していた歴戦のベースだということも、塗装のハゲ具合や、キズの多さで判断できるのだ。
使い込まれて、手入れが行き届いている45年前のベース。
このことだけをもってしても、弾かずにベースを一瞥するだけでも、「なんとなく良い音がしそうなベースだよな」という推測が成り立つのだ。
しかも、実際弾いてみたら、想像以上の音だった。
ベースの音の良し悪しは指板で決まる。
もちろんボディの材や、パーツで左右される要素も多いが、最終的な決定打は、指板の良し悪し。
そういった意味では、このベースの指板は最高の状態だ。
ボディに関しては、昔のフェンダーの塗装だと、使い込むと、どうしても、このようなハゲかたをするから仕方がない。
逆に言えば、ボディがこんなにボロボロになるほどに使い込んでいるのに、指板だけはキレイな状態にキープされているということ自体、前の持ち主は、ベースのメンテのツボを分かっていた人だということで、そういうベーシストに愛されたベースが悪い音を出すはずがないのだ。
美しくきめの細かい肌の女性を嫌いな男はいないように、美しくきめの細かい指板を嫌うベーシストもいない。
だから、このベースのオーナーとなった私は、お肌、じゃなくて、指板のお手入れを欠かさないよう気をつかわなければならないのだ。
レモンオイル、あるいはオレンジのオイルが木に優しいんだけれども、与えすぎには気をつけなくてはね。
もっとも、毎日弾いてあげることが最大の手入れなんだけどね。
もちろん、毎日可愛がってあげますよ。
もちろん、購入以来、毎日、最低でも5分は弾くようにしています(仕事で帰れない日は除く)。
記:2005/04/29(from「ベース馬鹿見参!」)