クレイ/山下洋輔
音だけのスペクタクル映画
まるで映像の無い映画のようだ。
映像の無いスペクタクル映画だ。
不穏な予感、不気味な前兆があり、クライマックス、そして終焉。
こちらの期待を裏切らない展開。何かありそうで、やっぱり何かが起きる。
山あり、谷あり、土砂崩れあり、津波ありの台風あり。
そして、地震、雷、火事、親爺ありの、天変地異や、およそ思いつくすべての災害・災厄がドカンと一気に降り注いでくるというワクワクする(?)展開だ。
暴風雨!カミカゼ・トリオ
しかし、いきなり、クライマックスが「ドカーン!」とくるのではない。
1974年、ドイツはメルスの「ニュー・ジャズ・フェスティヴァル」でのライブの模様が収録されたアルバム『クレイ』。
この時の演奏が、他の山下のアルバムと一味も二味も違うのは、展開における「勿体つけ方」が絶妙だということ。
《ミナのセカンド・テーマ》を聴いてみよう。
静かなる予感から徐々に演奏が始まってゆく。
不気味に静かに唸るピアノ、クラリネット。
ドラムはまだ、スティックではなく、ブラシで静かに彼らを彩る。
何かが起きるに違いない。どうせ最後はドバーッ!と暴力的に盛り上がるのだろう、ということは分かってはいるが、そこに至るまでの、緊迫感、聴き手に求める集中力の深さの度合いがスゴイ。
ピアノって、かくも恐ろしい楽器だったのか!?
そう思ってしまうほど山下洋輔がゴンゴンと鳴らす鍵盤の低音部は、邪悪で黒光りしている。
不意に、あるいは、この瞬間を計算していたかのように入る、森山のドラムが入った瞬間は背筋がゾクゾクする。
演奏のちょっとした隙間から、絶妙なタイミングで聞こえる「いえー!」という叫び声も、これから始まるであろう嵐を暗示する不穏な雰囲気を盛り上げている。
そして、最後は暴風雨のように三人が一丸となって暴れまわる。
当時、ヨーロッパを荒らしまわった「山下トリオ」の三人が、「カミカゼ・トリオ」と呼ばれていた理由も分かろうものだ。
盛り上がったところで、次の曲《クレイ》へ。
《クレイ》でフリーソロになる坂田明は本当にスゴイ。
全身が痙攣しているんじゃないか、と心配してしまうほどの吹きっぷりだ。
『クレイ』を聴くときは、是非、彼らの気迫を音塊に押しつぶされることのないよう、気合いを入れてスピーカーに対峙するようにしよう!
記:2002/03/16
album data
CLAY (Enja)
- 山下洋輔
1.ミナのセカンド・テーマ
2.クレイ
山下洋輔 (p)
坂田 明 (cl, as)
森山威男 (ds)
1974/06/02