ライブレポート 2002/01/14 ベースソロ・パフォーマンス 六本木Back Stage
2015/05/29
ウッドベースのソロのライブをやった。
場所は、いつものように、六本木のバックステージ。
2~30分ほどの持ち時間を店から貰い、ひたすらウッドベースの弦を掻きむしった。
昨年の7月にも、ウッドベースの即興ソロライブを行ったのだが、その時は、演奏する直前までは、本当に何も考えずに、ぶっつけ本番で演奏を開始したので、演奏が進むにしたがって、だんだんと、自分の中のアイディアが行き詰まり、ひらめきが働かなくなってきてしまったという、苦い記憶がある。
このことを反省点にふまえ、今回も演奏のメインは即興だが、即興にあたってのガイドラインをあらかじめ設定して演奏に臨むことにした。
ガイドラインとはすなわち、
1、既存の曲を土台にした上での即興。今回はジャズのスタンダードも入れる。
2、演奏する曲のキーぐらいは、事前に決めておく。
の2点だ。
一曲目は「トミー!トミー!トミー!トミー!トミー!トミー!トミー!トミー!トミー!トミー!トミー!トミー!トミー!」。
トミーとは、この店のマスターの愛称。
マスターに捧げる「音」として即興演奏をした。一応、テーマめいた旋律も2小節ほど用意をしておいたが、後は即興。
キーは、マスターの血液型がB型なのでBに設定した。
このトミーというマスターは、しょうもないオヤジギャグを飛ばすのが趣味な人だ。
だから、マスターに寒いオヤジギャグを飛ばされ、こっちが腰砕けになったときの気持ちを、ロン・カーターが時々やるヘニョヘニョな音程の奏法の真似をして再現してみた。
また、マスターのノリは、かなりオヤジ臭いので、オヤジ特有の「よっこらしょ」といったノリを、「タッタカ・タ(=よっこら・しょ)」という譜割りに当てはめ、これを曲のいたるところに挿入することによって、なんとなく、マトマリのあるような感じを出してみた。
しかし、この曲の最初の数音を弾き始めた段階で、私はかなり焦ってしまった。
あまりに速いテンポで弾き始めていることに気がついたのだ。
「しまった!このテンポで即興を続けられるのだろうか?ただでさえ、Bは俺の苦手なキーなのに!」
と、心の中で舌打ちをし、背中は汗でビッショリになった。
もし、ミスをしたら、露骨に失敗がバレてしまう。
なにせ、鳴っている楽器はベースだけなのだ。ドラムやヴォーカルがいれば、ベースのちょっとしたミスタッチも隠しやすいのだが、今回鳴っている音はベースの音だけだ。 少なくとも、ヘンな音を出したり、汗で手がすべって、タイミングがズレないようにと、冷や冷やしながら演奏をした。
案の定、いくつかの箇所で、押弦すべきタイミングを逃がし、弦から手がすべってしまい、ミストーンを出してしまったりもした。
緊張していないつもりだったのだが、やはり、ちょっと動揺していたようだ。
つくづく、本番は「ベーシストの6割頭(こちら参照)」になってしまうのだな、と思った。
2曲目の演奏は、アルコで臨んだ。
オーネット・コールマンの代表曲、《淋しい女》だ。
伸びやかで、ダークなアルコのトーンでこの曲を弾けば、不気味な雰囲気が出ると思ったからだ。テーマは弾かず、いきなりアドリブでギコギコとソロパートから弾き始めた。
しかし、弾いているうちに、だんだんとアイディアが枯渇してきたので、すかさずテーマに戻り演奏終了。
帰宅後、この時の演奏模様をプレイバックしたのだが、かなりヒドイ出来だった。本当に目も当てられないほどの音痴な演奏。
気持ち良く弓を弾いていたのは自分だけだったということに気がつき、赤面。
音色がとても汚いし、均一ではない。ヘンなところで甲高い倍音が「ギー」とか「ギャー!」と出てくる。
しかも、ほとんど休符の入らない演奏が延々と続く。間断なく、音程も音色もヒドいサウンドを聴かされていた客はたまったものではなかったのだろうな、と反省。
下手なら下手なりに、音色がヨレヨレだったらヨレヨレなりに、それっぽくもう少し、「間の緩急」をつけなければならないなと思った。
3曲目は、《朝日のようにさわやかに》。
この曲を取りあげた理由は、北川潔の『ソロ』という、文字通りベースソロのライブのアルバムの中で演奏されている「朝日のようにさわやかに」がなかなか良かったので、自分もやってみようかな、と思ったのが大きな理由だ。
ゆっくり目のテンポのCmのリフを、少し長めに繰り返した。
リフは、ウイントン・ケリーの『ケリー・ブルー』中の《朝日のようにさわやかに》で、ポール・チェンバースが弾いているイントロのリフで、このリフをテーマ前に執拗に繰り返すアイディアは、北川潔の演奏を参考にしてみた。
この曲は学生時代から、何度も何度も弾いている曲なので、得意な部類に属する曲なのだが、あまり冗長に弾き続けていても自己満足になってしまうので、最初からアドリブは2コーラスまでに止めておこうと思った。
しかし、気が付いてみたら、3コーラス目のアドリブを取っている自分に気が付き、これ以上長く弾き続けていても、お客さんが飽きるだろうと思い、3コーラス目のサビの部分からテーマの旋律に戻り、演奏を終えた。
今回のライブの中では、まぁ一番聴けた演奏だったんじゃないかと思う。
最後の演奏は、《私の一日》。
タイトルは、演奏が終わるまで決めていなかったのだが、ふと、演奏中に、翌日の自分の過密なスケジュールが思い浮かんだので、発作的につけたタイトルだ。
「とりあえず、Dm一発で即興」ということしか決めずに演奏に臨んだ。
今回のライブの中ではもっとも自由度と即興性の高い曲だ。
ミドルテンポで演奏を開始した。
アイディアに一瞬詰まったら、「ランニングで逃げて誤魔化す」というワザを使い、間断なく、ほとんど演奏に「間」を空けずに弾きまくる、といった感じの演奏になってしまった。
今回のライブ、後でプレイバックしてみて痛感したのだが、自分の即興演奏には“間”が足りないと思った。いや、足りないというよりは、ほとんど無いといったほうが良いだろう。
よく、沈黙が怖いゆえに、しゃべらんでも良いことまでベラベラと話して場を繋ごうとする人がいるが、まさに、私のベースはそのような感じ。空疎な内容で場繋ぎをしようと、口をパクパクさせているお喋りベースだ。
バンド形態の演奏ならば、なにか他の楽器が空間を埋めてくれているので、ベースは堂々と弾かない空間を生かすことが出来るのだが、今回はソロゆえに、自分が音を鳴らさない間は本当に無音状態となってしまう。
この「沈黙」が結構怖いものなのだ。だから、ついつい音をパラパラ弾いて、少しでも空間の隙間を埋めよう、埋めようという意識が働いてしまう。
もちろん、演奏中には「間を生かそう」という意識は働いている。そして、実際、自分なりに間を設けて弾いているつもりにはなっている。
ところが、後でプレイバックをしてみると、自分では「1」の間を空けたつもりが、実際の演奏だと「0.5以下」で、ほとんど間もメリハリもあったものではない。
ソロ演奏は、ある意味「一人芝居」、そして「語り」のようなものだ。
一本調子では、どんな素晴らしい内容を語ったとしても、説得力が生まれない。
「間」があるからこそ、芝居も、語りも内容が生きてくるのだ。
「弾かない勇気」、「間の緩急」が今後の課題だと思った。
最後にサウンドに関して。
今回は、ウッドベースにディマジオのピックアップを取り付けた状態でのはじめてのライブだった。
店のベースアンプはアコースティックのアンプで、個人的には自分が所有しているフレットレス・ベースとの相性はバッチリなのだが、ピックアップ付きのウッドベースで鳴らすのは始めてのことなので、一応何かあったときにもゴマカシが効くよう、アナログ・ディレイを持参した。
まず、アンプのイコライザーをすべて5のフラットの状態にして音を鳴らしてみたが、「ぶっわーん!」という物凄い重低音が鳴り響いた。
これでは、音程もなにもあったものではないので、ベースとミドルを3ぐらいまでに絞り、ハイを1メモリほどアップさせたら、なんとか聴ける音色になった。
はっきり言って、ウッドベースならではの“胴の鳴り”は期待出来ず、ほとんどエレキのフレットレスベースで弾いているような音色になってしまったが、弦の振動しか拾わないセッティングにしているので、まぁこれは仕方あるまい。
フィッシュマンのようなピエゾ・ピックアップのみを装着した、カサカサしたトレブリーな音色よりは、ズォーン!といった、ズッシリと腹にくる低音が出てくれた方が、個人的には弾いてて気持ちが良い。
アナログ・ディレイは使う必要がほとんど感じられなかったので、スタンダードの曲はノンエフェクトで。残りの演奏は、かかっているか、かかっていないかが分からない程度に、薄くかけて演奏をした。
私は通常ベースにはエフェクターはかけない主義だ。しかし、ソロの場合は、聴こえる音がベースの音色だけなので、多少の補正程度だったら使用することも厭わない。
しかし、今回のライブのプレイバックを見るに、ベースのソロでもエフェクターは必要はないかな、と思った。
記:2002/01/19(from「ベース馬鹿見参!」)