ブライト・サイズ・ライフ/パット・メセニー

   

パット・メセニーの音楽は、ほぼすべての作品に言えることだが、聴いてゆくうちに、視界が広がってゆく解放感を味わえることが特徴だ。

彼独特のマイルドなギターのトーンや、多用するスケール、フレーズの癖が一体化してそのような広がり感を生み出すのだろうが、とにもかくにもスケールの大きなギターを弾く人だと思う。

少なくとも、くわえ煙草で地下にあるジャズクラブで紫煙と酒にまみれた都会のジャズクラブの地下というシチュエーションは間違っても似合わない。

酒ひとつとっても、ウイスキーやバーボンを地下のカウンターで傾ける類の音ではなく、似合う酒を強いてあげるとしても、せいぜい野外で呑むバドワイザーぐらいだろう。

狭い密室、観客の肩と肩が触れ合うようなクラブではなく、やはり野外がふさわしい音楽だ。

このような資質はおそらく天性のものだと思われ、それを証明するかのようファーストリーダー作が『ブライト・サイズ・ライフ』なのだ。

パットが、まだゲイリー・バートンのグループに在籍時、21歳のときの録音だが、すでにこの時点で彼のベーシックな音楽像は完成されていたといっても良い。

最初の数秒を聴くだけでも、視野が急速に広がってゆく快感を覚える。
録音されてからすでに35年にも及ぶ歳月を経てはいるが、「昨日録音されたばかりの新作だよ」と言われても頷いてしまうぐらい音の鮮度はフレッシュなままだ。

この録音時のトリオでは、エレキベースにジャコ・パストリアスを起用していることが注目に値する。

ジャコのベースも広がりのあるサウンドだ。

彼独特のアイデアがふんだんに盛り込まれたベーステクニックはもちろんのことだが、ジャコのベース・サウンドのスケールの大きさは、一にも二ににも、彼が持つ豊かなハーモニーの感覚によるものだと思う。

ベースという楽器は、“ダブルストップ”と呼ばれる奏法もあるので、複数の弦を鳴らして和音を出そうと思えば出せるが、基本的には単音を奏でる楽器だ。
単音楽器ゆえに、もちろんハーモニーへの造型が深くなくとも、ベースラインを弾くことは可能だ。

しかし、ハーモニーの立体的な感覚をどれだけ把握しているか否かが、ベーシストの音楽性を左右するところがある。

たとえば、ジャコと同じフレットレスベース奏者にパーシー・ジョーンズというイギリス出身のベーシストがいる。

フレットレス奏者。
そして、ハーモニクスを多用するところや、圧倒的な速弾き、従来のベーシストがあまり行わなかったユニークなアプローチを積極的に演奏に取り入れるなど、ジャコと共通する要素は多いゆえ、なにかと比較の俎上に載せられることの多いベーシストだが、彼のベースが持つニュアンスは、ジャコとはまったく異質だ。

この違いは、ハーモニーをどれだけ立体的に把握しているかの違いが大きい。

同じ速弾きでいえば、16分音符どころか、32分音符を速射的に弾くパーシー・ジョーンズのほうが、物理的な音符の速度や、肉体の動きは速いのかもしれない。

しかし、“音楽”としてトータルで音を感じると、不思議なことにスピード感はジャコのほうが勝り、さらに少ない音の組合せで、“それ以上の音の存在”を暗示させてしまう音楽構築力はジャコのほうが勝っているように感じる。

つまり、“ベーシスト”として、単音を弾くという“線”の側面から見れば、パーシーに軍配があがるかもしれないが、“音楽家”として、空間をどのように構築するかという“面”の側面から捉えると、圧倒的にジャコのベースのほうが広がりを感じることが出来るのだ。

もちろん、パーシーも好きな私にとっては、これをもってしてパーシーはダメなベーシストだと言いたいわけではない。
パーシー・ジョーンズの音楽には彼なりの一点に凝縮された異常な集中力の強度とユニークさが感じられるので、まったく彼の音楽を悪く言うつもりはなく、ハーモニーの広がりとスピード感の違いという、“ベーシスト”ではなく“ミュージシャン”としての資質の違いを挙げるために、一見同タイプの2人を比較の俎上に挙げたにすぎない。

パーシーが優れたベーシストだということは、ブライアン・イーノやフィル・コリンズとの共演歴もあることからも証明済み。
しかし、それほど優れたベーシストであるパーシーのハーモニー感覚よりも、ジャコのほうがさらに一枚上手だったということからも、ジャコ・パストリアスというベーシストのトータルな音楽性の広さはご理解いただけると思う。

つまり、このような広がりのあるベーシストが、広がりのあるギタリスト、メセニーと共演しているのだから、音楽景色の広がりは無限大と言ってもよく、この2人の共演作『ブライト・サイズ・ライフ』は、CDを再生した瞬間から視野が驚くほど広範囲に広がるところはこのあたりにも秘密があるのだ。

たとえば、1曲目の《ブライト・サイズ・ライフ》の出だし。
ほんの20秒だけでもいい。

ジャコのベースで印象に残るのは、♪ブーン と伸びる音だ。

よく聴くと、細やかにハーモニクスを入れたり、旋律をメセニーと一緒にユニゾンしたりもしているが、あくまで、この局面を支配し、印象づけるものはドッシリとした、♪ブーン という長めの持続音だ。

これは、その直後のアドリブに、リズミックなバッキングを施すための対比効果、メリハリを設けるという意図もあるのだろうが、それにしても、ジャコのたった1音の ♪ブーン の豊饒さといったらどうだろう?

テーマの旋律を、長いサスティンのかかった1音だけで根っこを支えつつも、あたかもそれ以上の音や情報を暗示するほどのベース音。

これこそが、彼のハーモニーに対する造詣の深さと、音楽的センスが光る箇所なのだ。

演奏したい音楽を深いレベルで理解していれば、なにもたくさんの音を弾かずとも、音楽に広がりと立体感が生まれるのだということを示す良い見本だと言える。

ほかの曲でも、バッキングやソロで素晴らしいセンスを見せつけてくれるジャコのベースだが、《ブライト・サイズ・ライフ》における出だしの ♪ブーン がなければ、このアルバムに抱く私の印象は随分と変わっていたかもしれない。

最近はこのアルバムのSHM-CDも発売されたため、より鮮やかな音像で楽しめるようになったと思う。

たった3人で生み出された、これほどまでに広がりのあるサウンドは滅多にないだろう。

記:2010/01/10

album data

BRIGHT SIZE LIFE (ECM)
- Pat Metheny

1.Bright Size Life
2.Sirabhorn
3.Unity Village
4.Missouri Uncompromised
5.Midwestern Nights Dream
6.Unquity Road
7.Omaha Celebration
8.Round Trip/Broadway Blues

Pat Metheny (el-g)
Jaco Pastorius (el-b)
Bob Moses (ds)

1975/12月

 - ジャズ