ビッチェズ・ブリュー/マイルス・デイヴィス
ただならぬ音世界に身をゆだねるもよし
世紀の大傑作!?
よっしゃ、いっちょ聴いてやろうじゃないの。
そういった気負いを抱いて、この音楽に挑みかかる必要はない。
まずは、真剣に聞き流そう。
不穏な空気、そこはかとなく怪しいサウンド空間に身を任せられればそれでよし。
それだけでも充分に楽しめる。
顕微鏡聴き、キーワード聴き、コンセプトを掴んでやるぜ聴き、そういった聴き方は無用だと思う。
だったら、ジャケット両面のイラストを眺めながら、何も考えずにサウンドに浸ったほうが、この巨大な「音の物語」の一端ではなく全貌が掴めるというもの。
“大音量のスピーカーを前に腕を組んで対峙”だなんて聴き方は、このアルバムを好きになって、この音楽の細部をある程度理解してからでも遅くはない。
グツグツと煮えた、鍋の中の料理そのものを楽しむべし。
鍋の具の一つ一つについてあれこれ分析したり言及することはほとんど無意味だ。
各人のソロとかプレイがどうのこうのというよりも、それらが渾然一体となって、一つの大きなサウンドの塊となって屹立しているのだから。
音のペインティング広場
熱狂的だけど、妙にクールで静かな肌触り。
注意深く聴けば、サウンドには起承転結があるし、過剰なほどの大袈裟な演出もあったりで、一見手ごわそうな印象とは裏腹に、意外と分かりやすい「音のペインティング広場」と言える。
ミステリアスなウェイン・ショーターのソプラノサックスも、不穏な通奏低音を奏でるベニー・モウピンのバスクラリネットも、『ビッチェズ・ブリュー』という巨大な音による絵画を形成する一要素なのだ。
ハッタリ上手なマイルス
個人的に最も気に入っているトラックは、昔も今も冒頭の《ファラオズ・ダンス》と、ラストの《サンクチュアリ》で、これほど分かりやすく「感動しなさい」とストレートに説教しているマイルスのラッパも珍しいと思う。
言い方悪いけど、「ハッタリ上手」なのだ、マイルスは。
特に、このアルバムでの「ハッタリ」度は、数あるマイルスのアルバムの中でも上位に位置するほど。
だから、このハッタリに煙に巻かれて「何やらものすごく意味のある深いことをやっているに違いない」などと、勝手に憶測を働かせる必要はない。
聞こえてくる音を、そのまま耳に入れていけばいいのだ。
ファラオの踊りの「あの箇所」
特に《ファラオズ・ダンス》の後半。混沌としたサウンドの後に現れる、16分44秒目以降の単純なフレーズの繰り返し。
これも、マイルス流「ハッタリ」の最たるものなのだが、わかっちゃいるけど、これにはやられる。
「オレは偉大だ」「崇めろ」「ひれ伏せ」
なんだかすごく偉そうなラッパが繰り返されるが、分かっちゃいるけど、いつもこの箇所で感動してしまう自分がいる。
このシンプルなフレーズは、ジョー・ザヴィヌルがあらかじめ作曲しておいたものだそうだが、ザヴィヌルのモチーフを、ここまで偉そうに意味ありげに吹くマイルスの説得力と、音に宿るカリスマ性はただものではない。
ここで何も感じない人は、最初から『ビッチェズ・ブリュー』に縁の無い人なのかも。
ここで何を感じるか、感じないか。
《ファラオズ・ダンス》の16分44秒目以降は、ある種「音の踏み絵」、あるいは「感性のリトマス試験紙」と言えるかもしれない。
と、これを読んで試してみようと思った人、早送りはダメだからね。
最初の1秒目から聴き始めてこその、大感動クライマックスの箇所なんだからね。
じっくりと、時にはマイルスたちが繰り出すサウンドにジラされながら、ここの箇所が現れるのを待とう。
記:2003/11/01
album data
BITCHES BREW (Columbia)
- Miles Davis
1.Pharaoh's Dance
2.Bitches Brew
3.Spanish Key
4.John McLaughlin
5.Miles Runs The Voodoo Down
6.Sanctuary
Miles Davis (tp:except4)
Wayne Shorter (ss:except4)
Bennie Mapin (bcl:except6)
John McLaughlin (g)
Chick Corea (el-p)
Joe Zawinul (el-p)
Larry Young (el-p:1,3)
Dave Holland (b)
Harvey Brooks (el-b:except4,6)
Jack DeJohnette (ds)
Lenny White (ds:except5,6)
Don Alias (ds:5,conga)
Jim Riley (per)
#2,4,6
1969/08/19 (NY)
#5
1969/08/20 (NY)
#1,3
1969/08/21 (NY)