ブラック・ビューティ/マイルス・デイヴィス
2021/02/11
チックの割れたエレピ
世評では、同時期のマイルス・デイヴィスのライブ盤は、このアルバム『ブラック・ビューティ』ではなく、キース・ジャレットが加わった「ダブル鍵盤」編成の『ライブ・アット・フィルモア』の評価のほうが圧倒的に高い。
たしかに、ライブのオイシイ局面だけを編集、つなぎ合わせた『フィルモア』は、まるでハリウッド映画の予告編のように、山場やクライマックスシーンを間断なく楽しめるというメリットがある。
テオ・マセロによる巧みなテープ編集の賜物。聴いていても中弛みのまったくない内容だ。
それに比べ、この『ブラック・ビューティ』はというと、編集なしのライブ音源。
つまり、ライブのオイシイ箇所、オイシクない箇所も時間軸にそって、我々リスナーが追体験するわけだ。
だから、このサンフランシスコのフィルモア・ウェストで1970年の4月に演奏されたライブ音源は、長尺演奏ゆえ、よっぽど注意深く聴いていないと、途中のいくつかで中ダルミしてしまうことは否めない。
しかしながら、ライブ冒頭の迫力には圧倒されること必至。
猛り狂った凶暴なチック・コリアのエレピ。これがまたカッコいいんです。
アンプについないでボリュームを上げて、その結果、割れた音がかえって演奏の緊迫度に拍車をかける。
さながら、半径2~3mに近寄った者に対しては、容赦なく噛み付き、息の根を止めかねない獰猛な肉食動物を連想させる。
こんなに攻撃的なチックを聞けるのは、マイルスとの共演しているときだけかもしれない。
たとえば、『1969マイルス』のときのチックも凄まじい。
ソロ活動では一時期前衛っぽいアプローチも行っていたチックだが、音そのものは過激かもしれないが、マイルスとやっているときほど狂ったような獰猛さは無い。
それだけ、マイルスには共演者をドーピングし、猛り狂わせるだけのオーラがあったのかもしれない。
あるいは、共演者のマインドをギリギリにまで追い詰め、窮鼠猫を噛むほど後の無い状態にまで追い詰めるほどの、切羽詰まった状況を作り出すのがうまかったのかもしれない。
スティーヴ・グロスマンの吼えるサックスも魅力だが、このアルバムは、演奏開始の《ディレクションズ》における凶暴なチックのエレピ一発で聴きたい。
これを聴けば掴みは充分。
たしかに、演奏自体は『フィルモア』ほど凝縮された濃度は臨めないかもしれないが、普段のマイルスのライブはこんな感じだったんだよ、ということを知るには貴重なドキュメントなのだ。
シャープで攻撃力の高い局面を探し、味わい尽くしてみよう。
記:2010/07/10
album data
BLACK BEAUTY (Columbia)
- Miles Davis
Disc 1
1.Directions
2.Miles Runs The Voodoo Down
3.Willie Nelson
4.I Fall In Love Too Easily
5.Sanctuary
6.It's About That Time
Disc 2
1.Bitches Brew
2.Masqualero
3.Spanish Key/ The Theme
Miles Davis (tp)
Steve Grossman (ss)
Chick Corea (el-p)
Dave Holland (b)
Jack DeJohnette (ds)
Airto Moreira (per)
1970/04/10