ブルース・フォー・マーカス/スティーヴ・ウィルソン
2021/12/05
澄んだ音色が心地よい
昔から子供が好きなせいか、ジャズマンと子供が一緒に写っているジャケット写真を見ると、「いいなぁ」と思ってしまう。
有名なところでは、バド・パウエルの《クレオパトラの夢》が入っているブルーノート盤のジャケット。
ピアノに挑みかかるような姿勢で弾いているパウエルの横から、「にゅぅ~」と顔を出しているパウエルの子供が可愛らしい。
また、天使のような男の子が、スタン・ゲッツにキスをしている『スタン・ゲッツ・プレイズ』のジャケットなんて、内容に関しての予備知識以前に、ジャケットの良さに惹かれて買ってしまったアルバムの1枚だ。
いや、正確に言うと2枚買った。
1枚は自分用のCD。
そして、もう1枚は、ちょうど翌日が友人の誕生日だったのでプレゼント用に買った。
ろくすっぽ聴いていないクセに、「このレコード、ジャケットも音楽もいいんだよ。俺は大好きさ。だから部屋に飾っとけよ」とエラそうにプレゼントをした。
「ジャケ買い」したアルバムは、内容も自分好みな場合が多い。
だから、CDショップの店頭で感じた直感は、私の場合、大事にするようにしている。
もっとも、ハズレることもあるが…。
たとえば、布川俊樹の『ウルトラマンジャズ』なんかは大ハズレだった。
ゼットンとウルトラマンの対決風景を大胆にもグッと下へトリミングした、ピンの甘い写真。
遙か上空には小さな三日月が見える。風雲急を告げる緊迫した雰囲気が、薄い茶色とスミ(黒)の二色刷りの渋い色合いによって色濃く醸しだされている。
この裏ジャケットの写真とデザインワークの良さに惹かれて買ったものの、中身は、「この曲はウエスの『夢のカリフォルニア風』、この曲はMJQ風、この曲は誰々風に料理してみよう、お、結構それっぽいじゃん、てへへ、俺って器用だな、」という、引き出しの多いだけのミュージシャンの“自己満足遊び”に付き合わされたような不快感を感じた。
たまに、こういうこともあるので、「ジャケ買い」で、いつもいつも良い内容に巡り合えるとは限らない。
まぁ当然といえば当然なんだけど。
さて、スティーヴ・ウイルソンの『ブルース・フォー・マーカス』。
このアルバムも「ジャケ買い」のアルバムだ。
こちらは、“当たり”だった。
ショップで偶然見かけたこのCD、まずジャケ写に惹かれた。
そして、スタン・ゲッツの時と同じようなフィーリングを感じた。
しゃがんでアルトサックスを吹いているスティーヴ・ウイルソンと、3歳ぐらいの可愛い男の子が一緒に映っているジャケット写真。
とても微笑ましい光景だ。
この小さな男の子、お父さんが吹いているサックスのキーを両手で押さえて、一緒に演奏をしようとしているのだろうか。なんだかとても可愛らしい。
ジャケットに惹かれ、なおかつ、パーソネルを見ると、ベースがジェームス・ジナスに、ドラムがルイス・ナッシュ。
あ、知っている名前がいる。これはもう買うしかないと、レジへ直行(単純)。
家に帰って早速聴いてみると、いきなり楽しげなラテンのノリの曲が始まった。
ヴィブラフォンとのユニゾンで奏でられるテーマが、なんとも涼やかで、気持ちがよい。スッキリと分かりやすいテーマ。
頬が緩んでくるのが分かる。
それにしても、スティーヴ・ウイルソンって、なんて美しいサックスの音色の持ち主なんだろう。とても澄んだ音色だ。
音色の良さに加え、リズムの切り込み方が非常に鋭いせいか、シャープな音色にも感じられる。
このスティーヴ・ウイルソンというサックス吹き、クリヤ・マコトの『ボルモチア・シンジケート』にも参加していので、彼のサックスは何度か耳にしていたハズなのだが、あまり意識にはひっかかってこなかった。
おそらく、その時は、どちらかというとゲイリー・トーマスのテナーに耳が吸い付いていたからだろう。
スティーヴのアルトサックスは、ドナルド・ハリソンのようにクリアな音色の人だな、ぐらいしか意識に残っていなかったのだ。
そうそう、この澄んだ音色は、最近のサックス吹きだとドナルド・ハリソンに似ているような気もする。
ところが、リズムの切れ味の鋭さは、ドナルド・ハリソンの場合は少々マッタリ気味なのに対して、スティーヴ・ウイルソンはエッジが鋭くシャープ。加えてスピード感もある。
私はドナルド・ハリソンも嫌いではないが、スティーヴ・ウイルソンのように、スッキリ&ハッキリの明快なサックスも嫌いではない。
フレージングには淀みがまったく無く、メリハリがハッキリとしている。
そして、流れるように次から次へと軽快にフレーズを繰り出す様は、なんとなくソニー・クリスを思い出してしまったけど、ちょっと違うか。
ソニー・クリスよりも、スティーヴ・ウイルソンの音色のほうがエッジが多少丸い。
安定した足取りで疾走するスティーブのサックスはかなり気持ちがよい。
彼のサックスに浸れれば、この際、どんな曲でもいいや、とすら思ってしまうほどだ。
スティーブ・ウイルソンのサックスは、50年代のブルーノートに代表されるような、ちょっとくすんだダークなトーンとは対極に位置するサックスだが、こういうタイプのサックスも悪くない。
しかめっ面で、スピーカーと対峙しながら腕を組んで聴くタイプのジャズではなく、むしろ、軽い気持ちで読書やネットのBGMとして聴くほうが快適な時間を過ごすことが出来るんじゃないかと思う。
記:2002/07/17
album data
BLUES FOR MARCUS (Criss Cross Jazz)
- Steve Wilson
1.Jayne
2.Patterns
3.Ms.Angelou
4.I Should Care
5.Diaspora
6.Cornerstone
7.The Haunted Melody
8.Blues For Marcus
Steve Wilson (as&ss)
Steve Nelson (vib)
Bruce Barth (p)
James Genus (b)
Lewis Nash (ds)
1993/01/04